数々のフィギュアスケートの名選手を育て上げた名将アレクセイ・ミーシン氏はこう言った。「現在の人間の身体能力レベルでは、私の生涯の中では誰も4回転半を成功させることはできないと思う」──今回の北京五輪で限りなく、その不可能に近づいた羽生結弦(27才)。4回転半成功をスケート人生の最大目標に掲げてきた彼の目に映る景色とは──。
北京五輪で3連覇に挑戦した羽生結弦。しかし2月8日のショートプログラムでは最初の4回転サルコーを跳ぼうとした際、エッジがリンクに空いた穴にはまってしまい、ジャンプが抜けて8位と出遅れた。2日後のフリーでは果敢に4回転半に挑んだが、転倒して惜しくも4位に終わった。
6種類あるフィギュアスケートのジャンプのうち、アクセルは唯一、前向きに跳んで後ろ向きに着氷する。後ろ向きで跳ぶほかのジャンプより速い回転速度と長い滞空時間が必要な最高難度の大技で、羽生が挑戦した4回転半(4回転アクセル)は公式戦で誰も跳んだことがない。
肉体の極限に挑戦するジャンプだけに、体にかかる負担は他のジャンプと比べものにならないほど重い。羽生が心の師と仰ぐロシアのエフゲニー・プルシェンコ氏は、羽生が北京五輪でメダルを逃したのは4回転半に挑戦したからだとして、ロシア紙にこう述べた。
「もしジャンプがうまくいかないなら、それに準備できていないのなら、何のためにそれをプログラムに入れなければならないのか? 何しろクワッドアクセル(4回転半)にはとても大きなパワーを使います!」
フィギュア関係者のなかにも羽生の挑戦に反対する声は少なくはなかった。
「極限に挑む4回転半を跳び続ければ、選手生命にかかわります。浅田真央さんの引退以降、日本のフィギュアスケートをひとりで引っ張ってきたのは羽生選手。正直、彼が欠場を発表した大会のチケットは大量のリセールが出るほどで、アイスショーも羽生選手のおかげで運営できているという声も聞こえます。
だからスケート連盟やテレビ局としては、商業的に長く競技生活を続けてほしかったが、羽生選手は4回転半を跳び続けた。あくまで4回転半にこだわる羽生選手と連盟やテレビ局の間には、見えない溝ができていました」(スケート連盟関係者)
北京五輪での演技後、採点を待つキス&クライで羽生の隣には誰もいなかった。コロナの影響もありコーチのブライアン・オーサー氏が不在とはいえ、スケート連盟の誰かが寄り添うこともなかった。羽生がいかに孤高のスターであるかを象徴する場面だった。