「自分の人生の残り時間を真剣に考えなくてはならなくなった」。2021年12月4日、琉球新報のコラムでそう述べたのは、元外務省主任分析官で作家の佐藤優さん(62才)。同コラムで、自身が前立腺がんと末期の腎不全を患っていることを明かした。検査により、がんの転移がないことがわかれば、佐藤さんの妻が腎臓移植の生体ドナー(提供者)になることを検討しているとも報じられた。
腎不全は、主に慢性腎臓病が悪化することで起こる。一度発症すると完治が難しく、長期にわたって進行すれば、血液中に老廃物が蓄積して血中ミネラルのバランスが崩れ、透析治療か腎臓移植の選択を迫られることになる。慢性腎臓病は、日本ではいまや20才以上の8人に1人が患っており、「新たな国民病」と呼ばれている。「透析か移植か」の選択は、いつ、誰の身に降りかかってもおかしくないのだ。
腎臓移植には、健康な親族がドナーとなる生体腎移植と、亡くなった人(脳死または心肺停止)からの腎臓提供を受ける献腎移植の2種類がある。かつては、生体腎移植はほとんどが親子間、きょうだい間で行われていた。最近では夫婦間の移植が増え、生体腎移植の4割が、夫婦間で行われている。
愛する人のために、文字通り自らの身を切って臓器を贈る。そして、愛する人の臓器を受け取って共に生きる──臓器を分かち合うことを選んだ夫婦は、どんな思いを抱くのだろうか。
家族しか生体ドナーになれない
現在、日本で移植できる臓器は、心臓、肺、肝臓、腎臓、すい臓、小腸、眼球(角膜)の7つ。広くイメージが浸透しているのは、亡くなった人から心臓や角膜を譲り受ける方法だろう。その場合は、本人の生前の意思表示、または家族の承諾があれば、患者に移植することができる。臓器移植コーディネーターの中山恭伸さんが言う。
「本人か家族が臓器提供を希望している場合は、病院から臓器移植コーディネーターに連絡が来ます。1人の臓器提供者につき、10名近くのコーディネーターが携わり、家族対応や手術手配、臓器の搬送などを行います。その上で、ドナーの臓器の大きさや状態などを把握し、日本臓器移植ネットワークに登録されている、臓器移植を希望している患者(レシピエント)とマッチングします」
そうして臓器の摘出手術と移植手術が行われる。ところが、実際には、日本では腎臓移植のほとんどが、生きている人から摘出する生体移植だ。腎臓移植の名医が多数在籍する東京女子医科大学病院泌尿器科基幹分野長・教授の高木敏男さんが解説する。
「日本は、死者の体を傷つけたくないという宗教的な価値観や意識的な問題が影響しているのか、欧米と比べると亡くなったかたからの臓器移植がはるかに少なく、腎移植のほとんどが生体移植。2019年は約89%が生体腎移植です」
事実、日本移植学会の調査では、2019年に行われた腎臓移植2057例のうち、生体移植が1827例を占め、脳死(176例)、心停止(54例)を大きく上回る。