修学旅行が中止になるなど、一生に一度しかないことがいくつも失われた今の子供たちだが、それでも思い出を残してやりたいと大人たちは色々な工夫を重ねている。間もなくやってくる「卒業式」のライブ配信をめぐり、親達の奮闘と配慮に子供たちが振り回されている実態について、ライターの森鷹久氏がレポートする。
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新型コロナウイルスの第6波によって、若干でも戻りかけていた日常生活は、また遠いものになってしまった。仕事に行けない、遊びに行けないという苦痛ならまだ我慢できるが、入学式や卒業式など、我が子にとって「一生に一度」の機会を奪われるのだけはどうしても我慢できないというのも、多くの親の本音だろう。
千葉県在住の会社員・柳田幸子さん(仮名・40代)は、そんな親の悲しみを少しでも和らげるため、目前にひかえた小学生の息子の卒業式のため、ママ友たちにある提案をしたのだった。
「コロナの影響で、各家庭から卒業式には親が1人だけしか参加できない、そんな通達が学校から来ました。ママが参加すればパパは参加できない。現状を見れば理解するしかないと思いますが、子供も親もあまりにも不憫。だから、スマホとビデオチャットアプリを使い、卒業式を中継しよう、そう提案したんです」(柳田さん)
もちろん、学校側も卒業式を撮影して、その映像を後日保護者に配るなどの配慮を行っているというが、今まさに卒業せんとする我が子の姿をリアルタイムで見たい、そんな親心に応えたいという一心だった柳田さん。ママ友たちからは「名案だ」「ありがとう」と絶賛され、新たにビデオカメラも購入。夫と配信のテストをするなどして卒業式に備えようとしていたその矢先、あるママ友から届いたのは、意外なメッセージだった。
「中継をしてほしくない、とメールが来て、なんで? と思いました。事情を聞くと、うちの子のプライバシーに関わるから、と言われてしまいました。正直、画質もそれほど良くないし、親や知り合いでないと、誰がどの子なんてわからないんです。それでもダメだと。その子の時だけ配信をやめたり、カメラを向けるのを止めるのも気の毒だし不自然。結局、配信はやめました」(柳田さん)
子供だろうがプライバシーは確かに存在する。だが、敏感になりすぎでは、と柳田さんは感じたが「何かあった時、責任取ってもらえます?」というママ友の質問に返す言葉は見当たらなかった。
柳田さんが提案したような「アイデア」だが、実はこのコロナ禍で、少なくない親たちが様々な場面で実践していた。関西在住の公務員・江口陽一さん(仮名・30代)も、コロナの影響から息子のサッカーの試合を観戦できる親の数が限られ、試合の様子をビデオチャットアプリで「生配信」した。ほとんどの親からは「感謝」のメッセージが届いたが、強いクレームが一人の親から入ったと打ち明ける。