3月9日に投開票が行われる韓国大統領選。文在寅政権の後釜を狙う与野党候補者の支持率はこれまで逆転に次ぐ逆転が続いた。選挙戦終盤が近づくとともに両陣営の戦いは激しさを増し、ついには与党候補の選対委員を名乗る人物が、SNSに「尹錫悦(ユン・ソクヨル。野党候補)に呪いをかける」と書き込む事態が発生。対立候補を「呪う」との宣言には時代錯誤の感が否めないが、歴史作家の島崎晋氏によると、韓国では決して珍しいことではないという。その背景について、島崎氏が考察する。
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有力候補二人の支持率がほぼ拮抗していることもあってか、3月9日の投票日に向けて、韓国大統領選挙のヒートアップが止まらない。互いに相手陣営に誹謗中傷を浴びせあうなか、2月14日付『朝鮮日報日本語版』には、「八つ裂きにする」「わら人形で呪いの儀式」など、ホラー映画やバイオレンス映画の宣伝かと見紛う見出しが躍る事態となった。
事の発端は、与党「共に民主党」李在明(イ・ジェミョン)候補の選挙対策委員会で常任委員長に任命されたと自称するナムなる人物が、自身のフェイスブックに投稿した写真と書き込みにある。
前掲記事によると、ナム氏は2月12日に、「罰を受けるべき人間には五殺で罰を下したい。八つ裂きにしなければ」と書き込み、翌13日には顔の部分に野党「国民の力」尹錫悦候補の名前を書いたわら人形、そのわら人形に鋭利な道具を突き刺した写真などを投稿していた(現在は削除済み)。
「五殺」とは20世紀初頭まで続いた朝鮮王朝時代、主に逆賊(謀反人)に対して執行された、殺害後に頭・胴体・手足をバラバラにする処刑法である。儒学において孔子に次ぐ地位にある孟子は、「孝(親孝行)」を重んじたことで知られるが、その教えに次の一節がある。
「身体髪膚、之を父母に受く。敢て毀傷せざるは、孝の始めなり(私の身体は両手・両足をはじめ、毛髪や皮膚に至るまで、すべて父母から授けられたもの。これを自然なままに保つことが親孝行の基本である)」
つまり、遺体をバラバラにされれば、あの世で両親に顔向けができない。最大の親不孝を犯すことになるというので、朝鮮王朝の統治下では「五殺」こそ逆賊に相応しい罰とされたのだ。ナム氏の投稿がすぐに削除された事実からすると、選挙活動の一環としては不適切な言動、明らかに行き過ぎとする反応が身内からも噴き出たものと考えられる。