昨年4月、京都大学医学部附属病院で、新型コロナに感染して肺障害を負った女性が、夫と息子の肺の一部を移植する生体肺移植手術を受けた。新型コロナ患者への生体移植は世界初。手術は成功し、女性も、女性の夫と息子の予後も順調だと報じられた。その一方で、このコロナ禍により、腎臓や肝臓といった、その他の臓器移植手術の件数は激減している。湘南鎌倉総合病院院長代行で腎臓病総合医療センター長の小林修三さんはいう。
「ドナーの術前検査で病院を訪れること自体抵抗があるのはもちろん、手術室の空きがないことも一因です。また、術後にレシピエントが服用しなければならなくなる免役抑制剤によって感染リスクが高まる恐れもある。
しかし、コロナ禍の終息を待っている余裕がない場合もあります。通常、生体移植の準備期間は3か月から半年ほどで、当然ながらその間も病気は進行していく。時間をかけて準備してきて、それ以上放置すれば人工透析が必要になる患者を待たせるわけにはいきません。その場合は、PEKT(先行的腎移植、透析せずに移植を行うこと)もあります」(小林さん)
一刻も早く移植しなければならない人がいる一方で、生体ドナーになれる親族がいない場合や、適切な献腎ドナーがない場合もある。臓器移植コーディネーターの中山恭伸さんは、「移植が必要な人は、その時点で、健常な人が当たり前にできる日常生活を送ることができていない」と語る。
「生まれてから一度も走ったことがない人が肺移植を受けて走れるようになったり、心臓移植を受けて旅行に行けるようになった人もいます。どんな人でも、いざというときに、移植という選択肢を取れるような世の中になってほしい」(中山さん)
小林さんはかつて、79才の妻から84才の夫への腎臓移植を担当したことがある。
「70才以上のドナーは、標準的なドナーの条件を満たさない『マージナルドナー』で、手術をするかどうかは、医学的側面とともに医師の倫理観にゆだねられます。
術後、レシピエントの夫は見違えるように元気になり“先生、元気が出て、頭がさえてしょうがないよ”と、仕事を始めるほどでした。妻は“この先余命は10年もないかもしれないけれど、それを全部、ふたりで共有できます”と言ってくれた。議論の余地はありますが、少なくともこの夫婦には“高齢だから、もう移植してもムダ”なんてことはなかった」(小林さん)