2月20日、前立腺がんのため、歌手で俳優の西郷輝彦さんがなくなった。75歳だった。西郷さんの代表作のひとつであるドラマ『どてらい男』(1973~77年、関西テレビ)で共演した喜劇俳優の大村崑さん(90)は、西郷さんから「先輩」と慕われた。「輝ちゃんのことは“弟分”のように思っていた」と振り返る大村さんが、生前の印象深い思い出を改めて明かした。
後年には西郷さんが座長の舞台に副座長として呼ばれることもあった大村さんだが、西郷さんが最先端治療のためにオーストラリアに行く直前と帰国直後には、「元気な声で本人から連絡があった」という。それだけに突然の訃報にはショックを隠せない様子だ。
大村さんは改めて「名古屋・御園座での西郷輝彦座長の舞台を思い出す」と話し始めた。
「二部構成で、一部が芝居、二部が歌謡ショーだった。芝居では、大久保彦左衛門役のボクが“ヘエックション!”とくしゃみをして笑いを取って暗転する流れだった。台本には“ハクション”としか書かれていないが、ボクは毎日違うくしゃみで笑いを取っていたんです。するとある日、輝ちゃんが“暗転の時のあの面白いくしゃみを教えてほしい”というわけ。
我々の世界は芸を教えず、舞台の袖から見て盗むのが常識だった。古い人間のボクからは輝ちゃんは現代っ子に見えましたね。しかも教えてあげたくても、なかなか教えようがないから困惑していたんです。すると輝ちゃんは『くしゃみを売ってください』と言い出した。これには笑ってしまいましたが、最後に『売るとこの先、死ぬまでくしゃみができなくなる』と答えると、苦笑いしながら諦めてくれました。それぐらい輝ちゃんは自分の芸には真剣に取り組んでいました」
その後も、西郷さんはよく大村さんの携帯に電話をかけてきたという。
「人恋しくなったり、面白い話をしたりして喜んでもらいたいという時に電話をくれるんですが、必ずくしゃみをするんですよ。それで『先輩、まだうまくできません』というので、ボクがくしゃみをすると『勉強します』と笑ってくれていた。冗談交じりですが、何か役者魂のようなものを感じた。それだけにこんな早くに逝くとは想像もしなかった」