東大前刺傷事件や大学入学共通テストでのカンニングなど、受験をめぐるトラブルが相次いでいる。教育現場ではいったい何が起きているのか。教育評論家の尾木直樹氏と脳科学者の茂木健一郎氏が緊急対談した。【全4回の第1回】
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茂木:今年1月、大学入学共通テストの試験会場だった東大のキャンパス前で、17歳の高校生が3人を切りつけたのは、今の受験システムの息苦しさを象徴した事件でした。
尾木:彼が通っていた中高一貫校は14年連続国公立医学部医学科合格者数全国ナンバーワンで知られています。この学校には何回か講演に伺っていて、受験実績だけじゃない面をよく知っています。たとえば東日本大震災の際には金曜に生徒をバスに乗せて、日曜までボランティアに行っていたんです。
茂木:ええ? すごい。
尾木:医学部への進学が3人に1人と多いのも、こうした活動で医者になりたいという生徒が多くなっているからだと思うんです。ほかにもミュージカルの「宝塚」のパロディーで男子生徒が女装して舞台をやったり。男性でありながら女性になって、男性を演じるという難しいことをやる。
茂木:面白い。シアターエデュケーション(演劇を通じた教育)にジェンダー教育も入っている。
尾木:事件を起こした生徒は、この中高一貫校に高校から入ってきたんですね。生徒数の1割しか高校入学組はいません。この高校では特別な受験指導や授業はやらない。そんななか、高2の段階で「東大医学部は無理」となって、心が折れてしまったようです。
茂木:あの生徒も塾に通ってものすごく受験勉強して入学したんでしょうが、入ってみたら別世界だったと。
尾木:高校側は声明で、「コロナのせいで、今まで一番大事にしてきた密な体験やボランティア活動の大部分が中止となり、学校からのメッセージが届かなかった、もっとその影響に気がつくべきだった」という主旨の反省をしていました。つまり、良さがそぎ落とされた結果、単なる受験校のようになっちゃったということでしょうか。
茂木:コロナで大事なプロセスが抜けてしまったから、「東大医学部に合格する」ことに囚われた生徒が出てきてしまった。
尾木:あの高校で起きたことは他の受験校でも起きがちなので、学校側はそのリスクを自覚しないといけません。
(第2回へ続く)
【プロフィール】
尾木直樹(おぎ・なおき)/教育評論家、法政大名誉教授・1947年生まれ、滋賀県出身。早稲田大学卒業後、私立高校、公立中学の教師に。その後大学教員に転身し、合計44年間教壇に立つ。「尾木ママ」の愛称でテレビなどのメディアに出演。『「過干渉」をやめたら子どもは伸びる』(共著、小学館新書)など著書多数。
茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)/脳科学者、作家。1962年生まれ。東京都出身。東京大学理学部、法学部卒業後、同大学院理学系研究科修了。クオリア(感覚の持つ質感)を研究テーマとする。第4回小林秀雄賞を受賞した『脳と仮想』(新潮社)など著書多数。
※週刊ポスト2022年3月11日号