【著者インタビュー】宮内悠介氏/『かくして彼女は宴で語る 明治耽美派推理帖』/幻冬舎/1870円
時は明治41年12月12日。両国橋に程近い西洋料理屋、第一やまとで、〈美のための美〉を求める若き詩人や画家らの会合が催された。名を〈牧神の会〉という。
面子はドイツの芸術運動に因んでそう命名した木下杢太郎を始め、北原白秋、吉井勇、山本鼎、石井柏亭、森田恒友等々、後に名を成す才能がズラリ。そしてこの第1回会合から、1話につき1事件で全6回、彼らに虚構の事件を解かせ、美についても大いに語らせたのが、宮内悠介著『かくして彼女は宴で語る』だ。
ちなみに彼女というのは、毎回名推理を披露するのが杢太郎たちではなく、やまとの女中〈あやの〉だから! が、万事あやの頼みのこの事件帖を読み進めるうちに、実は美も謎も、それについて語り、追い求める過程にこそ、真実は宿ると思えてくるのである。
第1回「菊人形遺聞」や第2回「浅草十二階の眺め」、さらに明治40年の東京勧業博覧会に遡る形で謎解きが進む第4回「観覧車とイルミネーション」、市谷・陸軍士官学校長の死の謎を解く「未来からの鳥」まで、宮内氏は当時の時代風俗を映した6つの事件を用意する。
また各章末には膨大な参考文献と共に、〈本作はアイザック・アシモフの『黒後家蜘蛛の会』の形式を、明治期に実在した会にあてはめたものとなる。したがってアシモフにならい、覚え書きを附すことにした〉と、創作の手の内や元ネタまで開示した覚え書きが付され、律儀なこと、この上ない。
「今作では読者満足度より実験性に傾きがちだった従来の自分を脱却したいと考えました。そこで当時の文人などを知らない方でも楽しめて、豆知識的なお得感もある親切なミステリーを目指しています」
明治末期、それもパンの会時代の杢太郎を主人公にした背景には、近代詩の伝道師として活動する妻の存在があったという。
「近代詩の好きな妻は中でもパンの会が大好きで、その話になると人が変わったように話し始めるのです。しかも好きな気持ちって、人に伝わるじゃないですか。そんなわけで私も大のパンの会好きになり、今度はそういう『好き』を読者の皆様に手渡せればいいなあという思いもありました。
中でも私が敬愛するのが杢太郎で、詩人で後に医学者としてハンセン病と闘う彼の魅力の一つが、その生真面目さ。国の隔離政策に異を唱え、自分より世界を優先するような人物像に惹かれます。会の創設当時、彼が芸術か医学かで揺れ動いていたのは史実で、その心中は日記から窺えます。日記があるのは他に石川啄木ですが、他の人たちは結構な物臭揃いで(笑)、日記はあまり書いていません」