【著者インタビュー】直島翔氏/『恋する検事はわきまえない』/小学館/1760円
有能、実直ゆえに出世できない、東京地検浅草支部の窓際検事〈久我周平〉を主人公に、広く警察権を巡る行使の実際や問題点をミステリー仕立ての中にも浮き彫りにし、人気作となった第3回警察小説大賞受賞作『転がる検事に苔むさず』。
著者・直島翔氏は新聞社勤務の58歳。社会部時代に検察庁を担当した経験や「いつかは短い記事やコラムだけじゃなく、長いものが書きたい」という衝動が小説に向かわせたという。
「要はずっと好きで読んできた本の世界に、自分でも参加したくなったんです」(直島氏、以下同)
続編にあたる『恋する検事はわきまえない』は、久我から検事の心得を仕込まれ、鹿児島地検へと飛び立った後輩検事〈倉沢ひとみ〉の異動後を描く「ジャンブルズ」など、計6篇を集めた連作短編集。各事件のサイズ感や伏線と伏線の絶妙な絡ませ方など、長編とはまた違う切れ味が楽しめる一冊となっている。
「日本の司法行政に関して僕なりに考えはあるものの、そんな論文、誰も読みたくないですからね。とにかく皆さんに面白く読んでもらうのが、一番の目標でした」
前作の表題はもちろん、自身もファンだというかの音楽界のレジェンドに由来。が、検事は転勤の多いのも確かで、上層部に盾突いてばかりの倉沢が着任早々、高騰する鰻の稚魚の密漁事件を手がけ、そこに南九州特有の文化や利権構造が絡んできたりと、地方色に根差した謎や展開が楽しい。
また表題作では東京地検特捜部初の女性検事として知られ、久我を特捜に推薦してきた元福岡地検検事正〈常磐春子〉の独身時代に舞台は一転。現在は弁護士事務所の理事長を務める常磐が久我を誘い、昔話をする形で物語は進む。それはそのまま、この国の司法行政の30年を振り返るクロニクルともなっている。
「常磐は昭和と平成の境に入庁した雇均法第一世代。当時は彼女に求婚する〈藤川聖也〉のような国際派の弁護士が活躍し始めた頃で、日本の知財裁判は世界から遅れに遅れ、何かあったら海外で訴訟を起こすしかないような面があった。
その後、平成17年にようやく知財高等裁判所ができますが、日本の民事裁判は遅れ、競争政策の担い手である公取委の仕事ぶりも国際基準にほど遠かった。日本はG7に加盟しながら世界と同じルールで勝負してこなかったわけで、その流れが1985年のプラザ合意を境に大きく変わるあたりを背景に、若き日の常磐の恋や結婚にからめてみようと。つまり恋ありきではなく、この30年を書いてみたいという思いの方が先でした」
一見強面な常磐が、誰をどんな基準で夫に選んだかは作中に譲るとして、本書は倉沢と鹿児島出身の墨田署巡査〈有村誠司〉の現在進行形の遠距離恋愛や、常磐や久我の過去を挟んだ、外伝的な趣も。そのいずれにも魅力的な謎が配されるリーダビリティもさることながら、作中事件の多くが全くの虚構とも言いきれないことに、私たちは改めて溜息をつくことになるのだ。