ウクライナをめぐる戦況は完全に泥沼化している。ロシア軍は約19万人とされる圧倒的な兵力で侵攻したが、米国やNATO(北大西洋条約機構)諸国の支援を受けたウクライナ軍は激しく抵抗。ロシア軍は兵力の消耗を防ぐため、ミサイルによる無差別攻撃などをエスカレートさせている。
思い通りにならないプーチン大統領は、早い段階で“核のボタン”に手を触れてみせた。侵攻3日後の2月27日、欧米諸国が経済制裁を決めると、プーチン氏はロシア軍の核運用部隊に「任務遂行のための高度な警戒態勢」を命令し、ショイグ国防相は戦略核兵器部隊が戦闘可能態勢に入ったことを報告したと報じられた。
この動きに、米国のバイデン大統領は「(核戦争を)心配する必要はない」と応じたが、プーチン氏の開戦準備を見ていくと、当初から事態が悪化した場合の「核使用」が念頭にあったことが窺える。
事前段階としてプーチン氏は2020年に「核抑止の分野におけるロシア連邦国家政策の基礎」と題された大統領令に署名。そこでは、「軍事紛争が発生した場合の軍事活動のエスカレーション阻止」などが核兵器の役割として位置づけられた。
そのうえで、侵攻開始直前の2月19日、ロシア軍は北部の基地から極東のカムチャツカ半島に向けICBM「ヤルス」を試射。黒海艦隊も艦艇と潜水艦から巡航ミサイルや極超音速ミサイルを試射するなど、大規模な“核演習”を実施している。
そしてウクライナ侵攻の日、プーチン氏は国営テレビで「ロシアはソ連が崩壊したあとも最強の核保有国の一つだ」と世界に向け、脅しを発した。ロシア軍の核部隊がすぐ臨戦態勢を整えられたのは、そうした準備があったからだ。
ロシアの軍事・安全保障政策に詳しい東大先端科学技術研究センター専任講師の小泉悠氏は、「結論から言うと、プーチン大統領が核を使う可能性は排除できないと考えます」と語る。
「ロシアの参謀本部が出している『軍事思想』という雑誌を読むと、軍の中で限定核使用という考え方が論じられている。昔のソ連軍は530万人ほどいたが、現在のロシア軍は約90万人。NATOと真正面から戦えば、とてもじゃないが通常戦力では勝てないとロシアの将軍たちも認めている。そこで限定核使用の考え方が出てくる」
具体的には、ロシア軍は2つのシチュエーションで核使用を想定しているという。ひとつは「ロシアが負けないうちに戦争を終わらせる」ために使う。
「このままでは敗北は避けられない状況に陥った時、これ以上戦争を続けたら大変なことになると相手にわからせるために、もの凄い損害を出すところを1か所だけ選んで核を使用することが想定されています」(小泉氏)
もうひとつは、その時点ではロシア軍が勝っているけれども、続けると米国などの大国が参戦して負けてしまう状況だ。
「そういう時に、米国やNATOは参戦しないでくれとメッセージを出すための核使用です。今回は両方とも当てはまるのではないか」(同前)