複数のSNSを使ってキエフから発信を続けているウクライナのゼレンスキー大統領。軍事力では圧倒的に劣るウクライナがロシアを相手に善戦しているのは、SNSを駆使したハイブリッド戦争を効果的に仕掛けているからとされる。桜美林大学リベラルアーツ学群教授の平和博さんが説明する。
「一般的に、戦争は軍隊が大砲や戦車などで相手国に攻め込むイメージですが、ハイブリッド戦争は、通常の軍隊に加えてSNSによる情報戦やサイバー攻撃を仕掛けます。具体的には、フェイクニュース(偽情報やデマ)を広げることで相手を混乱させたり、敵兵の戦闘意欲を下げたりする。フェイクニュースやサイバー攻撃、武力攻撃を連携して相手方に攻め込んでいくのがハイブリッド戦争です」
戦時中にSNSを駆使するのは国の首脳に限らない。ウクライナでは、民間人たちがSNSを武器に侵略者に立ち向かっている。
戦闘が激化する地域では、ウクライナ市民がロシア軍の戦車や部隊の位置をSNSアプリの「テレグラム」を使って送信し、その情報をもとにウクライナ軍が軍事作戦を立てる。市民と軍隊がネットで連携して、祖国を守っているのだ。作家・批評家の西村幸祐さんが解説する。
「民間人と軍隊がネットを介して情報を共有するのは、21世紀の新しい戦い方です。軍隊とは別の民兵組織があるので、市民は登録すれば武器を手に入れられます。こうしたことも市民と軍の情報交換がスムーズにできる理由です。敗戦後にアメリカ占領軍が書いた憲法9条で正式な軍隊が持てない日本にとって、大いに参考になります」
ウクライナの人々は、SNSを用いて国外へのアピールも積極的に行っている。
「ロシアの侵攻後、キエフの防空壕で7才の少女が『アナと雪の女王』の主題歌を切々と歌い上げ、周囲の避難民が涙する映像がツイッターで広がり、『世界中があなたたちを応援しています』とのメッセージが寄せられました。またウクライナ在住のインフルエンサーは、TikTokに破壊された街並みやガソリンスタンドに押しかける車の行列などの映像を次々に投稿しています」(軍事ジャーナリスト)
西村さんが指摘する。
「ウクライナの人々はSNSで戦地の状況を伝え、国際世論を味方につけています。ウクライナが善戦しているのは、こうした市民の力が大きい」
戦場における市民のSNSが注目されるようになったのは、ここ10年ほどのことだ。
2014年7月にイスラエルがパレスチナ・ガザ地区に侵攻した際、そこに住む当時16才のパレスチナ人の少女ファラ・ベイカーさんは、空爆の恐怖や被害の実態を覚えたばかりの英語で繰り返しツイートした。
《家の近くで激しい空爆が続いている。今回の戦争が始まって以来、最悪の夜》
《爆音にはもう耐えられない。耳が聞こえなくなる》
こうしたツイートが世界中の共感を集めて、イスラエルの国際的な立場を脅かすようになった。彼女の功績は「わずか140字で戦場を変えた」と評された。