【著者インタビュー】塩田武士氏/『朱色の化身』/講談社/1925円
昭和31年4月23日早朝に福井県有数の温泉地を焼いた芦原大火に関して、住民らの様子が詳細に綴られる序章「湯の街炎上」から、数日前に突然消息を絶った伝説的ゲームクリエーター〈辻珠緒〉の行方に関して、元新聞記者のライター〈大路亨〉が証言をかき集める第一部「事実」。また彼が癌を患う元同業の父〈松江準平〉に頼まれ、個人的に集めたその事実が、さらなる取材で様相を変えてゆく第二部「真実」と、塩田武士著『朱色の化身』ではあえて物語化されることを避けるように、証言や事実が専ら連ねられていく。
実はその構成手法にこそ、作家生活10年を経た元新聞記者の拘りはあり、作中の証言の多くは著者が自ら取材した事実だという。
「周囲を紛れもない事実や実在で固めた中に、辻珠緒というたった1人の虚が浮かび上がる。そういう全く新しいリアリズム小説ないし報道小説が可能なのかという、これは10年目の実験でもありました」
3月某日。取材場所を訪れるなり、「初めまして。塩田と申します」と丁重に迎えてくれた著者の前には、「福井」「依存症」「ジェンダー問題」等々、項目別に積まれた膨大な紙の束が。
「コロナで人にも会えない中、作品に取りかかる前に自分がこの10年で得た創作論を3か月程かけて論考にまとめました。すると、いかに実在の凄みが大事かという1点に行き着いた。
リアリズム小説は3つの型が可能ではないかと思います。1つは『罪の声』(2016年)のグリコ森永事件のように、事実をそのままトレースしても成り立つもの。2つ目はモデル型で、同じグリ森でも高村薫さんの『レディ・ジョーカー』のような作品です。さらに第3の可能性としてキーワード型が成り立つか、それを試してみたのが本書で、この束はそのキーワードについて取材したものです」
まずは自身が今、気になる現象を16ほど選出。その中から普遍性のより高いものを選び、それぞれについてどう反映させるかも決めないまま、証言を集めていったという。
「実は福井について言えば、前の担当者が福井県にうまい鮨屋があると言って連れて行ってくれたものの、彼は鮨だけ食べて異動になった(笑)。そこで出版社内の福井出身者を探すと、その中に芦原出身者がいた。古い温泉街、そこで育った女性……、うん、書けるぞという流れでした。
そして大火を知るご年輩の方々に実際に話を訊く一方、昨今の配信型メディアやゲーム依存の現状、さらにスマートグラスやデジタルヒューマンといった最新テクノロジーや、1986年の男女雇用機会均等法第1世代の就活についても当事者に話を訊き、それらを反映させながら、辻珠緒の設定を書いていったわけです。
私も後々後悔したんですが、キーワード型ってラグビーボールなんですよ。どこに転がるかわからない。それでもネットでは調べ得ない情報を集め、小説に書く意味はあって、実を虚に織込み、その虚がまた実を映し出す相互関係にこそ、私は今という時代を解くカギがある気もするんです」