臨床心理士・経営心理コンサルタントの岡村美奈さんが、気になったニュースや著名人をピックアップ。心理士の視点から、今起きている出来事の背景や人々の心理状態を分析する。今回は、ロシア国内で広がる「Z」の文字について。
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『23分間の奇跡』(集英社)という本をご存知だろうか。著者は英国の小説家ジェームズ・クラベル。第二次世界大戦で従軍し、18才の時に日本軍の捕虜となり、シンガポール収容所で終戦を迎え、米国に渡ったという人物だ。この本は彼が書いた唯一の短編。翻訳したのは元東京都知事の青島幸男で、日本での出版は1983年である。
“Z”の文字が記された小さなワッペンが、ロシアの学校で子供たちの机に配られていく映像を見て、この本のことを思い出した。
原題は「The Children’s Story…But Not Just for Children」。青島氏はこの本について、訳者あとがきで「児童書の形態はとっているが、それは1つの擬態であり、実は大人たちのための問題提起の書でもある」と書いている。「奇跡」という言葉が付けられた日本語のタイトルは、明るい素敵な事が23分間の間に起こりそうな印象を与えるが、内容は真逆だ。
「戦争に敗れ、占領されたどこかの国のある学校の教室に、新任の若い女教師がやってくる。彼女は教室にいる子供たちに授業を施す。物語は午前9時に始まり、23分後に終わる。初めは疑問と不審を抱いていた生徒たちが、わずか23分間で、暴力も脅迫もなく洗脳され、考えが大きく変わってしまう過程が描かれている」(ウィキペディアより)というのが作品の要約だ。
「先生はこわくてふるえていた」から始まるいくつかのエピソードは、どれも衝撃的だ。例えば、毎朝必ず行われていた「国旗への忠誠の誓い」では、女教師が子供たちへ「誓うとは、忠誠とは何か」と問いかける。子供たちは誓いを暗記しているだけで、誰もその意味を理解していない。すると女教師は、その意味を子供たちに分かるように教え、教えなかった前の先生を良くない先生だと言う。