ロケット開発に夢を見る下町企業の社長から、古代ローマの“風呂デザイナー”まで、幅広い役柄を演じてきた阿部寛(57才)が次に挑戦したのは、不器用ながらも愛情をもって息子と接する父親だ。その演技の陰には、阿部が追い続けた“父親像”があった。
不慮の事故で最愛の妻を失った男が、人情に厚い周囲の人たちに支えられながら、男手ひとつで息子を育てていく。直木賞作家・重松清氏の小説『とんび』は、父と息子の愛と葛藤を描いた名作だ。これまでに2度実写ドラマ化され、2012年放送のNHK版では堤真一(57才)と池松壮亮(31才)が、2013年のTBS版では内野聖陽(53才)と佐藤健(33才)が、それぞれの父子を描き出した。
そして、3度目の実写化は銀幕だ。4月8日に映画『とんび』が公開された。阿部寛が父親の安男(ヤス)を、息子・旭(アキラ)を北村匠海(24才)が演じている。頑固一徹で不器用なヤス役の阿部の演技からは、鬼気迫る雰囲気と同時に、妙なリアリティーも伝わってくる。その陰には、阿部本人と、父との父子“とんび”秘話があった。
「親父は本当に強い」
阿部は1964年、長男、長女に続く、3人きょうだいの末っ子として神奈川県横浜市に生まれた。
「ダンプカーなどを造るエンジニアとして働いていた阿部さんのお父さんは、寡黙で職人気質でした。家に帰ってくるとご飯を食べてお風呂に入り、すぐに寝てしまうような人だったそうです。趣味も盆栽いじりくらいで、阿部さんは“中高生時代は、父親としゃべった記憶がほとんどない”と言うほどです」(阿部家の知人)
子育てや近所づきあいは、もっぱら母の役目だったという。1985年、阿部は大学在学中に、ファッション誌のモデルグランプリで優勝し、雑誌モデルとしての活動をスタートした。その後、俳優としてのオファーが舞い込むが、演技経験のなかった阿部は二の足を踏んだ。そこで背中を押したのが父の言葉だったという。
「“チャンスがあるんだったらやればいい。もしダメだったらやり直せばいいんだから”とお父さんに後押しされ、心置きなく仕事に打ち込めたそうです。それ以来、大切な場面ではお父さんの意見を求めるようになったと聞きます」(芸能関係者)
20代半ばで実家を出たときには、父親の存在の大きさを改めて感じたという。そして2004年、家族をつなぐ要だった母が他界する。