梨元勝氏(享年65)が2010年に死去し、井上公造氏(65)が今年3月に引退するなど、芸能レポーターという職業は、もはや化石となりつつある。しかし、現場主義を貫く彼や彼女らがいたからこそ伝わるものもあった。ベテラン芸能レポーターの東海林のり子氏(87)と前田忠明氏(80)が、その仕事の意義について振り返った。当時のワイドショーにあった熱気がリアルによみがえる──。【全4回の第3回。第1回から読む】
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東海林:当時はどんな形でも、本人の肉声を聞こうとしていたわね。そういえば、私が還暦パーティーをした時、忠ちゃん丸坊主にしてなかった?
前田:あった、あった。1994年かな。
東海林:誰かに怒られたの?
前田:問題を起こしたあるタレントについて、「事務所の管理能力が足りない」と生放送で言ったの。そしたら、プロダクションが「冗談じゃない!」と激怒して。菓子折り持って謝罪に行っても許してくれなくて、1週間後、丸坊主にして行ったら許してくれた。そういう時代だったんだ。
東海林:修羅場ってあるわよね。
前田:今のワイドショーを見ると、タレントがスタジオで自分の意見を述べているけど、同じ芸能人には厳しく言えないだろうし、その後ろには事務所があるわけでしょ。どうしても緩い発言になるよ。
東海林:レポーターが言っているほうが、説得力があるわね。当時は、各局のライバル意識も凄かった。私たちが独自のルートで事件のキーになる場所を突き止め、向かっていたの。そしたら、日本テレビの車が後ろから付いてきた。何をしても他局に負けないという熱気がワイドショー全体にあった。
前田:あるタレントを全局で張り込んでいた時、深夜12時を過ぎても帰ってこない。みんなで話し合って、「今日は撤収しよう」と解散したんだよ。そしたら30分後、全員その場所に戻ってきた(笑)。
東海林:張り込み、直撃が当たり前だったもんね。