歴史ある日本映画史において、彼らほど脚光を浴びた「脇役」たちはいないだろう。川谷拓三(享年54)、室田日出男(享年64)、志賀勝(享年78)、岩尾正隆(79)、野口貴史(享年81)、小林稔侍(81)らが名を連ねる俳優集団「ピラニア軍団」。車両に引きずられ、火だるまでプールに飛び込むことも厭わない。そんな彼らの語り継がれる武勇伝とは──。(文中敬称略)【全4回の第3回。第1回から読む】
本物ヤクザとケンカ
スクリーンの外でも彼らは、どう猛なピラニアそのものだった。東映の元女優で、ピラニア軍団と親しく「女ピラニア」と呼ばれていた橘麻紀(71)が語る。
「メンバーはいつも手土産も持たず中島貞夫監督の家に上がり込み、お金も払わず勝手に飲み食いしていて、中島監督の奥さんが家の外にピラニア軍団用の冷蔵庫を準備しているほどでした。夜の街で飲んでいる時、店に可愛い女の子がいたら『マキ、あの子に一緒に飲もうと声をかけてきて』とナンパの手伝いをさせられたこともあります。彼らは普段、荒っぽい関西弁で喋るのに、女の子が来ると急に関東弁になってカッコつけていた(笑)」
酒の席での武勇伝には事欠かない。俳優の成瀬正孝(72、当時の芸名は成瀬正)が語る。
「当時はみんなヤクザ役ばかりで撮影が終わっても任侠気分が抜けず、酔っぱらうと攻撃的になってメンバー同士やほかの客とケンカすることがしょっちゅうだった。特に川谷さんは怒るとヤクザのような鋭い目になって、本物のヤクザを相手に平気でケンカをしていました」
元メンバーで俳優の井上茂(78)もこう語る。
「みんな凶暴なヤクザの役ばかりだったけど、プライベートもそれほど変わらなかったですね。特に岩尾正隆さんが酔っぱらうと手が付けられなかった。岩尾さんがスナックで暴れて店をめちゃくちゃにするので、僕らは入り口にバリケードを作って他の客が入れないようにしていました。弁償金を払ったことは一度や二度じゃありません(笑)」
メンバーの高月忠(78)が東京で開いた結婚式にピラニア軍団がこぞって出席した際には、こんな事件が起きた。元メンバーの志茂山高也(77)が振り返る。
「僕が結婚式で酒をガブガブ飲んでいるうちに酔っぱらってしまい、東京のある俳優と揉めて殴り合いになったんです。周りから『もう帰れ!』と追い出されて行くあてもなく途方に暮れていたら、小林稔侍さんが自分の東京のアパートに泊めてくれた。翌朝、血だらけのワイシャツを着たまま新幹線で京都に戻りました」