ロシアによるウクライナ侵攻は、日々、双方が戦況について異なる発表をするため、実態が掴みにくい。私たちはどのように情報に接すればいいのだろうか。池上彰氏と、ウクライナで現地取材を続けるジャーナリスト・水谷竹秀氏がリモートで緊急対談した。【前後編の前編】
池上:ウクライナの首都キーウ近郊の街ブチャでは、ロシア軍が民間人を大量虐殺したと報じられています。水谷さんは実際にブチャに入られたのですね。
水谷:4月6日に、ロシア軍が撤退したブチャに入りました。街中は瓦礫の山で、空爆された中心部のマンションやショッピングモールは原形をとどめず、多くの自動車は地上戦の銃弾の跡で穴だらけ。街の一部が壊滅したような状態でした。列車の駅近くに焼け焦げたロシアの戦車が10台近く置き去りにされ、ある民家の裏庭にはロシア兵が逃走した際に脱ぎ捨てられたとみられるロシア軍の制服がありました。
池上:ブチャでは戦争犯罪の証拠集めのため、埋葬された遺体を掘り起こしていると聞きます。水谷さんが入られた段階で、民間人の遺体はどうでしたか。
水谷:到着後、道端に人が集まっていたので行ってみると、頭部がなく、民間人とみられる女性の遺体が路肩に放置されていました。傍らにはフロントガラスを撃ち抜かれた車の残骸があり、周囲には死臭が漂っていた。実況見分していた警官の話では、女性は助手席に乗っていた時にロシア兵に銃撃されたようです。また臨時の集団墓地となった教会の裏手には、黒い袋に入った民間人の遺体が10体以上並んでいました。現場の警察官は「ロシア軍によるジェノサイドだ」と断言しました。
池上:凄惨極まる光景ですね。これまでに取材で遺体を見た経験はあったのですか。
水谷:僕は長くフィリピンを拠点に活動していて、イスラム過激派と国軍の戦闘、日本人の射殺事件やレイテ島の地滑り被害の現場などで多くの遺体に遭遇しましたが、路上に民間人の亡骸が、しかも頭部がないまま放置されていたのは衝撃を受けました。
池上:そもそもなぜウクライナに入ろうと思ったのですか。
水谷:もともと海外の在留邦人に興味があり、アジアを中心に取材をしていたんです。今回も2月半ばからウクライナの在留邦人に取材を始めたら、いきなり戦争が始まりました。当時はまだ日本の大手メディアは現地にほとんど入っておらず、取材相手の在留邦人から「取材に来るなら部屋を提供する」と言われて迷った末、自分の人生で激しい戦場を見る機会はもうないだろうし、現地に行けば何か発見があるはずと思って決断しました。
池上:キーウには各国のメディアが集まって活発に取材をしています。
水谷:現地にいる外国人記者の多くは大統領府から500mほど離れたホテルに宿泊し、ホテル2階にあるメディアセンターでは毎日のようにウクライナ側の要人が記者会見をします。僕が雇った現地のコーディネーターからは、「ロシアはメディアを敵視するから、ホテルにミサイルが撃ち込まれる怖れがある。早く離れたほうがいい」と真顔で警告されました。