【著者インタビュー】深緑野分氏/『スタッフロール』/文藝春秋/1870円
読む者をいきなり第二次大戦時の欧州戦線へと誘う『戦場のコックたち』など、その印象的な筆名もあって、「この人は何者?」と世の本読みを騒然とさせてきた深緑野分氏。彼女はその実、一時は映画界を本気で志した、大の映画好きでもある。
「私の場合は監督や俳優さん以上に特殊メイクや視覚効果に惹かれがちで、今回はそういう裏方さんたちの話を、欧米の映画界を舞台に書いてみました」
待望の最新作、その名も『スタッフロール』にも、日本人はほとんど登場せず、まだ特殊効果=子供向けとされた戦後のハリウッドで夢を追い続けた特殊造形師〈マチルダ・セジウィック〉の半生と、ロンドンを拠点に活躍するアニメーター〈ヴィヴィアン・メリル〉、通称ヴィヴの現在進行形の日常を、全2部構成で描く。
それはそのまま映画界の技術革新の歴史とも重なり、まだ女性映画人が圧倒的に少なかった時代から自らの名を作品に刻む日を夢に見、研鑽を積んだ、多くの魂が響き合う、甘くてほろ苦い、夢と技術を巡る物語である。
「うちは親が映画オタクで、週末は家にある大量のビデオ類を延々観て育ちました。その時は好きというより、怖い感じのほうが強かったですね。戦争とか殺人とか、映画って激しいことばかり起きるなあって。
それが、幼稚園の時かな、セサミストリートの人形師、ジム・ヘンソンの『ストーリーテラー』を観て以来、話も面白いけど映像が面白いんだと気がついたんです。それからも小学1年生の時に観た『スター・ウォーズ』(後のエピソード4)、5年生で観た『ジュラシック・パーク』など、専ら特殊効果が特徴的な作品に衝撃を受けてきた私は、魔法とかそういうものを映画に求めていたんだと思います」
1946年、軍が復員兵用に用意した兵舎で生まれ、ニュージャージー州郊外に育ったマチルダの場合は、2歳の時にりんご病に罹り、ベッドの中から朧げに見た影絵の記憶が、夢への序章となる。〈突然現れた“それ”は、まさに怪物だった〉
彼女は後年、それが手で犬の顔を模した影絵であり、父の戦友で今は映画の脚本を書いている〈ロニー〉のいたずらだったことを知るが、〈とにかく形にしなければ。あの真っ黒い体の怪物を〉という衝動と、〈ハリウッドは夢の製造工場だよ。あそこでは、どんなことでも現実になる〉というロニーの言葉が、特殊造形師の夢を後押しすることになる。
しかし、〈ハリウッドの黄金時代は終わったんだ〉と義肢製作者の父親は娘の夢を否定し、『ふしぎな国のアリス』を観て感激する彼女に〈パラパラ漫画〉を教えてくれた最大の理解者ロニーまでがマチルダの前から消えた。それでも両親に内緒で大学を中退した彼女は金を貯め、家出同然にNYへ。偏屈だが腕は超一流な特殊造形師〈アンブロシオス・ヴェンゴス〉に弟子入りし、映画背景も手掛ける画家の〈チャールズ・リーヴ〉や、メキシコ人の祖母を持つ大親友〈エヴァンジェリン〉等々、一生の縁となる人々と出会うのである。