医学の進歩によって、長生きする人が増えた結果、老親が生きているうちに子供ががんになるケースも珍しくなくなった。家族関係を含む様々な事情によって、患者は「治療」を選択する際にも悩むことがある。
医師の澤野豊明氏(ときわ会常磐病院外科)は、老親の介護と自身の治療を併行していた男性患者が印象深かったという。
「大腸がんの手術をした50代の男性患者さんは、80代の父親と2人暮らしでした。ステージ3以上の大腸がんでは手術のあと、再発予防のために半年ほど『術後補助化学療法』という抗がん剤治療を行ないます。この男性は無事に抗がん剤治療を終えることができたのですが、数か月後に別の場所に再発をしてしまった。それからの彼は、治療と父親の介護を両立することを選んだのです」
男性は余命告知を受けると、「父の面倒をみたいからできるだけ長生きしたい」と、再び本格的な抗がん剤による治療をスタートした。
「彼は建設関係の仕事に就いており、生活のために仕事も続けつつ、2週間に1回、抗がん剤投与のために入院しました。時々、“父の調子が悪いから”と日程変更を希望することもありましたが、抗がん剤は比較的よく効いて、仕事で半年くらい他県に派遣されていた時も、現地の病院で治療を受けながら仕事を続けていました。結局、それから数年後に亡くなられたのですが、親の面倒をみながら自分のライフスタイルに合わせて治療を続けたすごい患者さんだなと記憶しています」(澤野医師)
そうした「治療の選択」は、患者それぞれの生活状況に加えて、罹患した部位によっても変わってくる。
『親子で考える「がん」予習ノート』(角川新書)の著者で、国際未病ケア医学研究センターの一石英一郎医師が言う。
「胃がんや大腸がん、最近では膵臓がんでも、家族構成や生活状況など患者のライフスタイルも含めて総合的に判断し、どの治療法にするかを選ぶことになります。治療が難しい部位で、患者の家族が老親の介護に手がかかっている場合などは、家族にそれ以上の負担をかけられないからと、積極的に治療せず症状を和らげる治療に徹する『ベスト・サポーティブ・ケア(BSC)』を選択することがあり得ます」
※週刊ポスト2022年5月6・13日号