「楪(ゆずりは)や 小さき店の 三代目」
この句を詠んだのは『水上酒店』の店主・粟田律子さん(65歳)。地下鉄日比谷線三ノ輪駅から明治通りを浅草方面へ徒歩5分、昭和の面影が残る住宅街の一角で、祖父が始めた店を母から受け継いだ。
「楪はね、新年の季語で恙(つつが)なく代を譲るという意。私は3代続くこの店の主をみんな知っていますから、親しみがありますね。さっきの句はりっちゃん(店主)の秀作です」(俳句の師匠、80代)
「私はね、この町にお嫁に来たときからここに通っているの。よく酒や味噌を買いに来ていましたよ。今も昔も生活の一部です。りっちゃんのお母さんとは学校のPTAで一緒だった。1歳違いだから、私のほうが若いわよ、なんて言い合いながら仲良くしていたの。みんな顔見知りだから、下町の触れ合いがありますよね」(90代女性)
「樽からお酒をはかり売りしていた昭和の時代からの古いお付き合いですね。昔は各家庭に電話がなかったから、この店に電話を借りにきたり、酒好きだった親父に頼まれて、しょっちゅうお酒を買いに来ていたりしていましたよ」(80代)
店主の亡き夫が大切にしてきた珍しい酒瓶や年季の入った甕が並ぶ棚に、親子3代で紡いできた歴史がひっそりと息づく名店だ。
和やかな笑い声が響く店のど真ん中、杉の一枚板でできた大きな角打ち台が印象的だ。
「この立派なテーブルは、幼馴染みの棟梁が作ってくれたの。それがきっかけで3年前から角打ちを始めました」(店主)。
そう言われた棟梁は照れくさそうに微笑む。
「りっちゃんとは産声をあげた産院も一緒、幼稚園からの同級生なんだよ。このテーブルは余った木材であつらえた、俺からのプレゼント。これ作ったから角打ちをやりなよって勧めたの」