視聴者を楽しませるための“攻めた演出”とコンプライアンスの狭間で、テレビ界が揺れている。そんな過渡期に存在感を増しているのが“放送倫理の番人”BPOだ。テレビ局はなぜこれほどこの組織に脅えているのだろうか。【全3回の第1回】
ダウンタウン松本人志の発言がテレビ界に波紋を広げている。
5月15日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ系)は、急死したお笑いトリオ「ダチョウ倶楽部」の上島竜兵さんの芸をまとめたVTRを流し、その死を悼んだ。そこで松本は、言葉を詰まらせながらこう投げかけた。
「ダチョウ倶楽部の芸とかお笑いがテレビではやりづらくなってて。そういう思いとかジレンマとか、“痛みを伴う笑い”がダメと言われてしまうと、熱湯風呂とか熱々おでんとかもできない。僕はあの芸が有害なんてちっとも思わないし、それだけが理由とは思わないですけど、“BPOさん、どうお考えですかね?”と、ちょっと思いますね」
NHKや民放各社でつくるBPO(放送倫理・番組向上機構)は今年4月15日、〈「痛みを伴うことを笑いの対象とするバラエティー」に関する見解〉を公表。罰ゲームやドッキリ企画についてこう指摘した。
〈テレビで演出される「他人に心身の痛みを与える行為」を、青少年が模倣して、いじめに発展する危険性も考えられる。また、スタジオでゲストが笑いながら視聴する様子が、いじめ場面の傍観を許容するモデルになることも懸念される〉
このBPOの見解がテレビ界に与えたインパクトは大きかった。
4月下旬放送の『水曜日のダウンタウン』(TBS系)では、「若手芸人コンプライアンスでがんじがらめにされても従わざるを得ない説」というお題を検証する企画を流した。罰ゲームで電流が流される芸人に「『痛い』っていうのはコンプライアンスに引っかかる」とNGワードにしたり、激辛麻婆豆腐を食べた芸人に「辛い」を禁じて他の言葉で言わせ、最後に「こんなことがいつか現実にならないように」とオチをつけるなど、コンプライアンス強化を笑いのネタにすることで“抗議の意”を示したとみる業界関係者も多くいた。
元テレビ朝日局員でテレビプロデューサーの鎮目博道氏は「今やBPOは実質的に放送業界の“思想警察”になってしまった」と指摘する。
「多くの番組関係者は『罰ゲーム』のコーナーに苦慮しています。これまで番組では罰ゲームの方法として、激痛の足つぼマッサージや低周波治療器、センブリ茶といった、演者は苦しい表情になるが、『痛いけれど身体には良い』、『苦いけれど健康に良い』というギリギリの方法が取られてきましたが、それすらできなくなった。『イタッ』というリアクションが入ったものが全くできなくなったと悩んでいます。
それと同時に『つらいことをさせる』という演出もできなくなった。日本テレビの『絶対に笑ってはいけないシリーズ』はこれまでギリギリを攻めていた形だったんですが、笑いを我慢させ、笑ってしまったら“ケツバット”の罰ゲームをさせるといった番組演出はしにくくなりました」