臨床心理士・経営心理コンサルタントの岡村美奈さんが、気になったニュースや著名人をピックアップ。心理士の視点から、今起きている出来事の背景や人々の心理状態を分析する。今回は、2022年6月7日にさいたまスーパーアリーナで、WBC世界バンタム級王者ノニト・ドネアを制して日本人初の3団体統一王者となった井上尚弥(29才)の強さについて。
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それは2回1分24秒という驚きの早さだった。わずか264秒の一方的な戦いに、メディアやネットに溢れたのは”衝撃”という言葉だ。
7日、さいたまスーパーアリーナで行われたプロボクシングのWBA、IBF、WBC世界バンタム級3団体統一戦。WBAバンタム級王者ノニト・ドネア(フィリピン)をわずか2ラウンドでキャンパスに沈めた、WBAスーパー・IBF世界バンタム級王者の井上尚弥を、海外のメディアは”モンスター”と讃えた。この勝利により、井上選手は日本人初の3団体統一王者となった。
多くの観戦者と同じように、井上選手が勝つだろうと予想はしていた。2021年5月、WBC同階級王座に返り咲いたドネア選手は39才。同級では最年長王者だ。この時のドネアに対し、海外メディアはドネアに年齢は関係ない、未だ信じられないパワーだ、衰えを知らないと報じ、公開練習ではドネア選手自ら今の状態を「すべて最減少も、コンディションも今までにないほど良い」と語っていたとはいえ、相手は世界戦連勝中の井上選手だ。
とはいえこの試合、いい意味で期待を裏切られた。もっとパンチを打ち合い、手に汗握る白熱した試合運びとなったところでKO勝ち、「あぁ、最後はやっぱり井上選手が強かったよね」とはならなかったからだ。思った通り、予測した通りになったと後付けしてしまう「後知恵バイアス」的な勝ち方ではなかったのだ。だからこそ、その勝利は衝撃といわれ、彼はモンスターと呼ばれたのだろう。人々の期待や予想の上を行ったのだ。
そんな試合運びを予想したのは、2年7か月前の2019年の対戦での”ドラマ・イン・サイタマ”と呼ばれた激闘が、記憶に残っていたからだ。だが今回ドラマは起きなかった。いや、井上選手がドラマを起こさせなかったのだ。彼は人々からの「あぁやっぱり勝ったんだ」的な勝ち方を望まなかった。彼が目指した勝利への価値観はそこになかったようだ。試合後のインタビューで彼はこう言っている。