微笑みを絶やさない穏やかな表情が引き締まった。順天堂大学の呼吸器外科・鈴木健司医師(57)が執刀する患者は60代の女性。CTスキャンでたまたまステージ1の肺がんが見つかった患者だ。
「肺がんの手術は通常4時間くらいかかりますが、順天堂では1~2時間で終わります。極力時間を短くすることで、患者の負担を減らすことができます」
手術室の壁際に設置された手術支援ロボット「ダ・ヴィンチ」のアームを両手で器用に操る。先端に取り付けられた内視鏡や鉗子で、右肺下葉の患部に触れていく。見守るのは、手術チーム3人のほか、麻酔医、見学に訪れた研修医らだ。
肺の手術は肺動脈と肺静脈、気管支を制御しながら行なう。出血がほとんど見られないのは、血管がどこに走っているかを熟知しているからだ。高度な技術を求められる電気メスが、必要最小限の動きで覆われた膜を剥がしていく。
「本当に手術が上手な人は、ストロークが長く、手数が少ないもの。経験が少ないとなかなかこうはいかない」
経験が浅い医師だと時折、手術中にパニックを起こして組織を傷つけてしまうこともあるという。突然、肺が膨張してロボットが映し出すカメラを塞がれてしまった場合などだ。こうした場面では、容赦なく厳しい声を飛ばす。
「とにかく謙虚に、慎重に。若い局員には『百里を行く者は九十を半ばとす』とよく教えています」
国立がん研究センターによれば、肺がんの年間死亡者数は約7万5000人。数あるがん種の中でも最も多い数字だ。症状が出にくく、見つかった時にはすでに手遅れと診断されることも少なくない。地元の病院で手術を断わられた患者が、鈴木医師を頼って全国からやってくる。
鈴木氏は2008年に順天堂大学医学部呼吸器外科に赴任した。当初の年間手術数は80件ほど。手術数を増やすためチームを組み、現在では年間500件を上回る肺がん手術を手掛ける。全国でもトップレベルの件数で、なかには全国で9例しか行なわれていない難手術も、約半数が同大学で行なわれている。
「数が増えるほど外科医の技術向上が図られ、手術のクオリティが高まり、手術時間が短縮される。それは、患者の負担軽減やQOL(生活の質)につながるという好循環が生まれます」
週末に料理をすることが何よりの楽しみ。細かく指示が書かれたレシピ本と出会い、驚くほど絶品の料理ができるようになった。
「全然信用されていないから、チームの若い連中にぜひ食べさせてあげたいんだけど、コロナでなかなか機会がないのが残念です(笑)」
患者の予後に目を配るのはもちろんのこと、後輩たちにも厳しくも温かい眼差しを常に向けている。
撮影/内海裕之 取材・文/小野雅彦 図版製作/タナカデザイン
※週刊ポスト2022年6月24日号