生前の石原慎太郎氏に面会した際、「日本を頼む」と3度も繰り返し頼まれたという作家・猪瀬直樹氏。今夏の参院選出馬を決めた猪瀬氏が、国政の場で目指すものとは何か。猪瀬氏本人が語る。(写真/山崎力夫)
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「なぜ作家の人が政治をやるんですか」と聞かれることがあります。僕は「じゃあ、何の人が何をやるんですか」と逆に問いたい。政治の人が政治をやるのだというなら、それは選挙活動で忙殺されて、極言すれば「地域で受かりやすい人」が当選することになります。すると、2世や3世の政治家が現れる流れができる。
その結果、代々お菓子屋さんをやる家とか、代々工場をやる家があるように、政治家も「家業」のようになります。でも、政治家は政策が正しいからこそ正当性があるはずです。「お父さんが、おじいさんが政治家だから」正当性がある、というのは錯覚にすぎない。
家業としての政治家に正当性があるとなると、民意は政策にどう反映されるというのか。そういう根本的な問いを持たなければいけません。
僕は政治家ではなく、作家です。作家の副業が政治家なわけですが、副業が求められる今の時代、それでいいのです。
例えばアメリカだったら、実業家が政治家になることは珍しくありません。その人が政治家を辞めてまた実業家に戻って、今度は政府の高官か補佐官などを務めたり、シンクタンクの研究員になったりします。政治の場にいろんな回転ドアがあり、そこをぐるぐる回っていく。
だからこそ、たくさんの知識とか発想が出てくるわけです。日本の企業社会が体現するように、年功序列・終身雇用でずっと1つのところにいたら、やがて情報が閉じられて、発想の転換はなかなか起きません。