日本人の死因第1位である「がん」。医療の進歩により、「不治の病」から「治せる病気」に変わりつつあるが、新たな治療法の登場に伴って、国の制度も大きく変わっている。そうしたなかで、制度が変わったことで“今まで通り治療が受けられない”という声が聞こえてきた。一体何が起きているのか。
10月がタイムリミット
東京近郊に住む70代のAさんは今年初めに多発性骨髄腫で医大附属病院に入院し、抗がん剤による化学療法と免疫療法を受けた。退院後は月1回、自宅近くのクリニック(診療所)に化学療法に通っている。経過は順調でホッとしていた。その矢先のことである。
主治医から突然、こう告げられた。
「この秋からうちでは治療ができなくなるかもしれません。その時はどうされますか」
いきなりのことで言葉が出なかったという。
医師から聞いた話によると、きっかけは今年4月の「診療報酬改定」だ。厚労省は、がんの化学療法を行なっている医療機関に対し、患者からの副作用に関する相談や問い合わせに即対応できるように「専任の医師か看護師、薬剤師」を院内に常時1人配置し、24時間対応できる体制を整備しなければならないと定めた。経過期間である半年間のうちに24時間体制が組めなければ、診療報酬改定で新設された「外来腫瘍化学療法診療料」の適用とならず、今年10月1日からは事実上、化学療法ができなくなるというのだ。Aさんが語る。
「通っているクリニックには入院設備がないから、当然、宿直はいない。『入院患者がいないのに毎日、相談のために夜勤シフトを組むのはスタッフが足りないし、費用がかかりすぎる。最悪、当院では化学療法はできなくなる』という説明をされました。だからといって、最初に入院治療を受けた病院に通うには1時間半もかかる。治療をやめられたら途方に暮れてしまいます」
医療ガバナンス研究所理事長で医学博士の上昌広氏(血液内科)が指摘する。
「今回のケースだと、院長と非常勤の医師で回しているところは大変。24時間シフトを組むために医療スタッフを雇うとなると、コストが大幅に増えるから採算が合わなくなる。たとえばアルバイトのドクターを一人雇うだけでも、1日10万円近くかかってしまうんです。
厚労省が院内常駐と決めたことで化学療法ができる医療機関は間違いなく減るでしょう」
中小のクリニックだけではなく、すでに夜勤体制がある病院でも新基準はハードルが高い。
ある地方の病院はベッド数300以上で救急救命センターを持ち、外来(通院)患者にがんの化学療法を毎月100件以上行なっている。しかし、夜勤の看護師がいても、化学療法の経験がなければ副作用などの相談に応じるのは難しい。
そのため、この病院では救急対応と化学療法の両方の経験がある医師や看護師で24時間対応のシフトを組むことになるが、それだけの人手は足りないことから、外来腫瘍化学療法診療料の届け出を見送ることを検討しているという。
現在、外来化学療法を行なう医療機関は病院、クリニックを合わせて全国1653にのぼる。そうした医療機関が、がん治療にあたる場合、いずれも化学療法の患者専門の24時間相談体制を迫られる。がんの化学療法専門のドクターがこう警鐘を鳴らす。
「タイムリミットの今年10月に向けて、全国的にがんの化学療法を敬遠したり、扱わなくなる医療機関が増え、治療を受けたくても病院が見つからない“がん治療難民”の発生が懸念されます」