北朝鮮の人事刷新で、極東情勢が揺れている。金正恩総書記率いる朝鮮労働党は、6月8~10日に開催された中央委員会総会で、崔善姫第一外務次官を外相に任命した。韓国統一省によると、崔氏は57歳。2018年と2019年の米朝首脳会談で実務の中心を担った米国通で、北朝鮮史上初の女性外相となった。
「海外留学経験もあり、英語と中国語を自在に操る才女です。崔永林元首相の養女とされており、過去には金正恩の英語の家庭教師をしていたという情報もあります。
2007年に通訳として同席した6か国会議で、当時の外務次官(金桂冠)の隣で大あくびをする姿が報じられており、あまりに尊大な態度から権力者の令嬢ではないかという見方は当時からありました。なお崔氏の前任の外相・李善権氏は対韓国政策を担う党統一戦線部長に就きました」(在韓ジャーナリスト)
この人事について、北朝鮮による米国との対話再開の布石と見る報道もあったが、「現実は逆だろう」と話すのは、半島情勢に精通する大韓金融新聞東京支局長の金賢氏だ。
「崔氏の登用で、むしろ対米強硬の姿勢が加速すると見られています。前任の李氏は軍人出身で外交手腕に乏しく、米国をうまく揺さぶることができなかった。今後は対米外交に精通する崔氏を通じて、妥協なき強硬姿勢を正しく伝えていくつもりだとされているのです」
そう話す金氏は、崔氏の背後に北朝鮮の“女帝”の影を見る。金正恩氏の妹・金与正労働党副部長である。
「与正氏と崔氏は非常に密な関係だとされています。崔氏は2021年9月に国務委員を解任され、一度は政府中枢から退きましたが、その間は与正氏と行動を共にしていたと言われていた。与正氏は対米強硬派で知られており、今後の崔氏の外交政策には与正氏の意向も深く関わってくるでしょう」(同前)
6月6日に米軍と韓国軍が地対地ミサイル8発を日本海へ発射したと発表。前日に北朝鮮が日本海に向けて短距離弾道ミサイル計8発を発射したことへの対抗措置で、極東情勢の緊張は高まる一方だ。
「与正氏は4月、仮に韓国から自国への先制攻撃があれば核で反撃するという談話を出しています。日本でも先制攻撃をその本質とする敵基地攻撃能力の保持が議論されていますが、与正氏の談話は“日本に対しても同じ姿勢で臨む”というメッセージも込められているはずです。
昨今、米国の核戦力で国土を守る『拡大抑止』の確保に向けて日米が一層接近しており、金与正―崔善姫ラインは日本に対しても警戒を強めているでしょう」(同前)
奇しくも崔氏の外相就任が発表された直後、シンガポールで開催されたアジア安全保障会議(シャングリラ会合)で日米韓の防衛相が会談し、対北朝鮮協力を確認した。
2人の猛女が睨み付けるなか、日本の外交は新たな局面を迎えている。
※週刊ポスト2022年7月1日号