【著者インタビュー】新名智氏/『あさとほ』/KADOKAWA/1760円
昨年、横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞作『虚魚』でデビューした新名智氏は、いわゆる〈物語〉とは縁の深い、今年30歳の新鋭だ。
高校時代はアニメの二次創作に興じ、早大在学中はワセダミステリ・クラブとドラえもん研究会に所属。同大学院では平安文学及び『堤中納言物語』を研究し、最新長編『あさとほ』でも平安後期に書かれ、その後同時代の書物に名前だけを残して失われた〈散佚物語〉の怪しさが、ミステリー上、抜群の効果を上げている。
前作では「それを釣った人が死ぬ魚」を巡る怪談が物語の鍵を握ったが、本作の怪異の核心はまさにその物語。主人公〈大橋夏日〉が通う大学の卒論指導教授やその後輩講師など、〈その物語を読んだ者は、消える〉、物語を巡る物語なのである。
「今回は古典文学に関する僕なりの知見や考えを生かした話を書こうと思って、どうすればホラーになるかは後から考えました。元々僕は文学も好きだし歴史も好き、古典文学なら両方できるかな、くらいの感じで専攻を選んだんです。ところが専攻してみると、平安文学には作者や来歴がわからないものも結構多く、たまたま源氏物語のように後世に残った幸運な作品もあるという方が正確でした。
僕が研究していた『堤中納言物語』はどれもありがちな話の集合体です。当時は女房たちが自作の物語を持ち寄るなど、物語を書く行為自体、特別でも何でもなかったんですね。中には今に残っていない、取るに足らない話もあったでしょうし、本書で夏日が行方を追う『あさとほ』のように、作者も所在も謎だらけの散佚物語があっても、おかしくはありません」
実は夏日には双子の妹がいた。小2の時、転校生の〈桐野明人〉に運命を感じ、〈特別なふたりになる〉と宣言した〈青葉〉である。しかし蛍の里として名高い故郷の森に夏休みの宿題の課題を探しに行き、3人でたまたま見つけた廃屋を探検した時のこと。青葉らしき人影は振り返ったと思うと、〈じわりと溶けるように消えてなくなった〉のだ。
この日以来、両親や誰もが青葉など初めからいないかのように振る舞い、妹のことを憶えているのは夏日と明人だけになった。その明人が県外に越し、夏日もまた都内の私大に進み、卒論に追われる中、彼女は指導教授である〈藤枝先生が行方不明になった〉という噂を耳にする。
事情通の友人らによれば、実は文学部では5年前にも〈清原〉という講師が失踪。両者の接点に浮かんだのが『あさとほ』なる〈調べると危ない〉かもしれない、無名な散佚物語だった。
周囲の相次ぐ失踪に胸を痛める夏日は、かつて〈青葉は、おれが必ず見つけるから〉と言ってくれた明人と奇しくも10数年ぶりに再会。妹の消失も含めて2人で真相を追い始めるが、彼は吉祥寺で祖母の花屋を手伝う傍ら、〈拝み屋、霊媒師、探偵、ゴーストバスター。呼び方はなんでもいい〉というオカルト紛いの相談業にも忙しいらしい。〈なんのために?〉〈青葉を捜すために決まってるだろ〉と。