戦後初となる総理大臣経験者の暗殺事件がニッポン社会を大きく揺るがしている。なぜ悲劇が起きたのか、社会学者の橋爪大三郎氏が分析する。
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政治家や要人の暗殺は世界中で起こっている。動機は様々だが、手段は銃器であることが多い。実行する側は確実に殺害しようとするからだ。1974年に三菱重工ビル爆破事件を起こした極左テロ集団(東アジア反日武装戦線)は、もともと那須から帰還する天皇のお召列車を爆破する計画だったといわれる。銃器に比べて標的を確実に殺害できるとは言いにくいので、爆弾が最近実際に用いられることは少ない。
わが国では銃器について厳しい規制がある。普通の人が入手するのは不可能に近い。唯一の方法が自作することで、今回はそういう発想と基礎知識を持った容疑者が、試作を重ねて銃器を作ってしまった。自作の銃の精度が低いと本人が理解していたので、2連の設計にしたという。知識のある容疑者が準備を重ねた結果、日本で戦後初めてとなる事件が起きてしまった。
日本でも戦前は首相を含め政治家の暗殺が相次いだ時代があるが、戦後は稀だった。
一方、米国は一般人が銃器を持てる社会だ。政治家や要人の暗殺もしばしば起きるが、銃器を持つ人の総数が多いことを考えると、暗殺の企てが成功する割合はきわめて低い。それはSPのようなカウンターテロリズムの技術が発達していて、要人警護の態勢が万全だからだ。
第16代大統領・リンカーンが殺された頃から、政治的リーダーが標的になるということは常識として根付いている。それゆえ、米国では銃の乱射事件は多いものの、要人殺害は抑え込まれている。大量のSP集団が規律訓練を受け、プロフェッショナルとしての待遇を得られる。武器を持って要人と接触する立場になる者たちなので、スクリーニング検査で二重三重にチェックもされる。そうした手間や時間、費用をかけることが当然だという常識がある。
日本の場合、そうした考え方が根付いていない。SPはいても、今回のような地方遊説では地元の県警に混じって警護にあたり、結果として警備に穴が空いた。
今回、安倍晋三・元首相が犠牲になった事件は残念極まりない。日本の民主主義を守り、類似の事件を根絶するには、事件をきっかけに国民も警備関係者も、そして政治家本人も、「リーダーは狙われる」という常識を身につけ、行動しなければならない。
※週刊ポスト2022年7月29日号