安倍晋三・元首相が凶弾に倒れてから1週間。悼んでばかりはいられないのが永田町の宿命だ。参院選で圧勝し、「黄金の3年間」を迎えるはずだった岸田文雄・首相の基盤が、「安倍氏の後継者」を名乗る者たちによって揺らぎ始めている。【前後編の前編】
コアな保守層が逃げる
権勢を誇った政治家の死後、熾烈な権力争いが起きるのは古今東西を問わず世の常だ。
自民党でも、銃弾に倒れた安倍元首相が率いた最大派閥・安倍派の跡目争いが始まるのは間違いなく、最大派閥の動向は、岸田政権ひいては日本政治の行方にも関わる。
有力視されている後継者候補は、「安倍派四天王」と呼ばれる下村博文・元文科相、萩生田光一・経産相、松野博一・官房長官、西村康稔・前経済再生相らの幹部と、派閥の創設者である福田赳夫・元首相の孫で“派閥のプリンス”の福田達夫・自民党総務会長だ。安倍氏が総裁選で推した高市早苗・政調会長は無派閥のため次期会長争いには加われない。
最初に声を上げたのが四天王筆頭で安倍派会長代理の下村氏だ。BS日テレの番組で、
「(安倍さんは)国葬に匹敵する歴史的な足跡を間違いなく歩んだ」
そう功績を讃え、「国葬」で送ることを主張したのだ。
国葬の制度は戦後廃止されたが、例外的に戦後の歴代首相の中では唯一、吉田茂・元首相の葬儀が「国葬」として行なわれた経緯がある。
だが、後継者選びはすんなり決まりそうにはない。政治ジャーナリスト・野上忠興氏が語る。
「国葬論の背後には、葬儀を仕切る者が後継者争いで有利になるという思惑がのぞく。しかし、総裁選に出馬できなかった下村氏に派をまとめる力はない。最も力をつけているのは萩生田氏だが、四天王の中で一番当選回数が少なく、こちらも派内がまとまらない。
松野氏は岸田首相から官房長官に一本釣りされて派閥と距離があり、西村氏は安倍派事務総長で後継者選びを進める立場。福田氏は将来の会長候補ではあるが、当選4回でまだ政治実績が足りない。
5人が本気で争えば派はバラバラになりかねない。当面、会長は空席にして集団指導体制でいくしかないでしょう」
トップが空席のままなら、最大派閥の力は弱まる。それを見越したように、前出の下村氏は岸田首相にこうブラフをかけた。
「岸田首相はリベラル系。自民のコアの保守の人たちを安倍さんあるいは清和研(安倍派)がつかんでいた。それを疎んじることになったら、コアの保守の人たちが自民から逃げるかもしれない」(BS日テレ)
その言葉は、これから自民党に起きる大きな波乱を示唆している。