「最後に抱っこをしたい」──そう思っても、死産児は小さくて脆いため、それすらままならなかった。しかし、少しでも母親の気持ちに寄り添いたい。わが子との出会い、そして最後の別れを特別なものにするためにその女性は“天使のような産着”を作った。悲しみのなかに一筋の光を見出せるようにと願いを込めて。死産の赤ちゃん専用のドレス「エンジェルドレス」について、ノンフィクションライターの山川徹氏が綴る。【全4回の第1回】
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分娩室に、産声が響くことはなかった。しんとした室内には、死産という現実に直面した母親の嗚咽だけが聞こえていた。やがて悲しみに暮れる母親は、恐る恐る助産師にたずねた。
「抱っこはできますか?」
助産師は、小さな赤ちゃんの血液や滲出液を清め、かわいらしい生成りのドレスを着せてから母親にそっと手渡した。
お母さんの願いを叶えてあげたい……そんな思いから、佐賀大学医学部附属病院(以下・佐賀大病院)では、死産の赤ちゃん専用のドレスを用意している。名をエンジェルドレスという。赤ちゃんが初めて身につける産着でもあり、旅立ちに身にまとう死に装束でもある。
柔らかなタオル地で作られた、おくるみに似たドレスのフードは、テニスボールがすっぽり収まるほどの大きさだ。フードと襟は、レースで飾られており、リボンのように結べる作りになっている。
母親は、息がないわが子を両方の手のひらにのせるように抱きかかえ、黙ったままじっと見つめていた。
「かわいい……」
自然にそう口にした母親は、フードからのぞくピンポン球ほどの小さな顔を人差し指で労るようになでた。荼毘に付すまでの3日間、彼女は病室でわが子とともに過ごした。それが、最初で最後の母子のかけがえのない時間となった。
悲しみや喪失感、健康に産んであげられなかったという後悔、申し訳ない気持ち。母はいくつもの感情に苛まれていたはずだ。それでも、いや、だからこそ彼女は思ったのだ。わが子と最後まで一緒にいてあげたい、赤ちゃんに寂しい思いをさせたくない、と。退院を前に、彼女は助産師に感謝の言葉を残した。
「こんなお別れができるなんて……。赤ちゃんをかわいくしてくださって、しかも抱っこもできるなんて……。本当にありがとうございました」