1987年の騎手デビューから34年間にわたり国内外で活躍した名手・蛯名正義氏が、2022年3月に52歳の新人調教師として再スタートした。蛯名氏の週刊ポスト連載『エビショー厩舎』から、第1回から足を運んでいる競走馬のセリ市「セレクトセール」についての前編をお届けする。
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1998年から始まった世界有数のセリ市であるセレクトセール。今年も2日間で500頭近くの馬が上場されました。
僕は社台ファームの吉田照哉さんに「勉強になると思うよ、来てみたら?」と言われて第1回から行っています。その後もアメリカ遠征に行っていた時と、調教師試験の勉強をしていた時以外、ずっと行っています。
第1回セレクトセールの頃はサンデーサイレンス旋風の真っただ中。6頭が1億円を超える価格で落札され、そのうちの1頭がサトルチェンジの1998年産、つまり僕が騎乗してGIを3つも勝ってくれたマンハッタンカフェで落札価格は1億3000万円でした。3歳春は体質が弱くてクラシックを断念。とにかく「高い馬だから」「秋には絶対によくなる」と大事に育てられました。この馬が天皇賞(春)を勝った2002年のセレクトセールでは、サンデーサイレンス産駒が最高で3億3500万円という値を付けました。
一方、ナカヤマフェスタは2007年に1000万円で落札された馬です。クラシックでは結果が出ませんでしたが古馬になって力をつけて宝塚記念を勝ち、僕と一緒にフランスの凱旋門賞に出走。世界最高の舞台でアタマ差の2着に頑張ってくれました。セレクトセールは高額落札馬でなくても走る馬が上場されてくるということが印象付けられたと思います。僕自身ジョッキーとしてセレクトセール出身馬に本当にお世話になりました。
でもまさか自分が調教師としてセリに参加するとは思ってもいませんでした。あれはヤバい(笑)。昨年、オーナーから「当日会場に行けないので代理で買ってほしい」と言われて初めて調教師として参加したのですが、何とも言えない緊張感でした。
前もって牧場でいいなと思っていた馬を当日下見所で再確認して、セリの順番が来たときに会場に入り、静かに気づかれないように参戦しました(笑)。こちらがビッドすると、競っている相手もビッドして値が上がっていく。自分では誰と競っているのかはわからなかったですね。値段がサクサクと上がっていくのは、自分のお金でもビビるのに、馬主さんのお金なので値が上がるたびに本当にドキドキしました。そういうやり取りが5、6回。最後は3600万円とコールしてからハンマーが落ちるまで「お願い、もうこれ以上競らないで!」と祈るような気持でした。これがリリックスという牝馬です。