大相撲名古屋場所は、新型コロナの感染拡大が始まって以降で初めて、観客の上限数を設けていない。会場となっているドルフィンズアリーナを訪れると、NHKの大相撲中継では映らない様々な光景を目にすることができる。たとえば、7月10日に初日を迎えるタイミングだったことから、七夕飾りが展示されているだのが、短冊に書かれた力士たちの「願いごと」を見ていると、複雑な気持ちになるものも――。
NHKの大相撲中継は元横綱・北の富士や舞の海、親方たちの解説があり、支度部屋情報も聞くことができる。NHKは相撲協会に「1場所5億円の放映権料を支払っている」(担当記者)とされるが、会場を訪れることでしか見られないものもある。たとえば、無気力相撲を監視する役割を担う監察委員たちが天井近くの委員室から土俵を見ていたり、髷がついたジャンパー姿の新米親方が場内警備で歩いているところに出くわすこともある。
最近は相撲協会の公式グッズの売店が設けられ、若手親方たちが慣れない手つきでレジを打ったり、商品を袋に詰める作業をしている姿を目にすることができる。関取時代はファンに囲まれて声援を送られていた力士たちが、髷を切って相撲協会の協会員になると下働きに走り回っているわけだ。
7月場所ではドルフィンズアリーナの正面玄関に天皇賜杯や総理大臣杯などの優勝カップなどが展示されているが、その反対側に恒例の七夕飾りがある。十両以上の関取が短冊に願いを書き込んでいる。コロナの影響で3年ぶりに設置されたが、会場に来たファンがまず目にする場所に設置されているのだ。
七夕飾りの横には〈七夕企画 関取衆の願い事 「七夕の日」に向けて関取衆が短冊に願い事を書きました! どんな願いごとが書かれているのでしょうか。是非、ご覧ください!〉とあり、親子連れが贔屓の関取の短冊を探す姿があった。ただ、力士によってはかなり“ガチンコ”の願いを書いている。「正代のはどこかな?」とやってきた小学生低学年の男の子は、金色の短冊に〈角番脱出〉と書かれたあまりにシンプルな願いごとにしばし言葉を失っていた。中日まで4勝4敗で正代の願いが叶うかは先行き不透明だ。
横綱・照ノ富士は〈無事に15日間終わりますように〉と書き、大関・御嶽海は〈4回目の優勝〉、大関・貴景勝は〈優勝〉とだけ書いた。照ノ富士は序盤で2敗し、貴景勝もなかなか白星が先行しない苦境が続いた。御嶽海は黒星が先行し、7日目からは部屋関係者に新型コロナ感染者が出たことで休場となってしまった。なかなか願いが届かないようだ。
初日から6連勝して1横綱、2大関を倒した逸ノ城は〈かちこしすること〉と謙虚な願いごとで、もう願いが叶うのは間違いなさそうだ。初日に照ノ富士に土をつけた小結・阿炎の短冊には〈自分の相撲を極めたいです〉とある。関脇・若隆景は〈二ケタ勝利〉と書き、玉鷲は〈優勝〉と書いた。ジョージア出身の栃ノ心は〈世界平和〉という願いを書き記している。
下位力士のほうが余裕の茶目っ気
願いごとは土俵上のことにとどまらず、宝富士は〈家族が健康でいられますように〉と書き、石浦は〈家内安全〉と家族思いの一面を見せた。翠富士は〈男気のある男になれますように〉とする。
一方で、千代大龍の〈ロレックスデイトナほし~い〉のように、茶目っ気のある短冊も。大奄美が〈大食いを頑張る〉と書けば、天空海は〈甘い物をたらふく食べたい〉とする。徳勝龍は〈ベストスコアを出したい〉と書き、相撲ではなくゴルフの願いごとになっている。
人気急上昇中の一山本は〈八山本〉と書き、短冊をのぞき込むファンの表情をほころばせていた。「相撲ファンの間では一山本は2勝すれば二山本、3勝すれば三山本と出世する。つまり勝ち越しを意味している」(前出・担当記者)という。
本場所の土俵と同様、上位陣の願いはなかなか叶わずに悲壮感が漂い、余裕があるのは下位力士たち、ということなのか。