つい先日届いた、歌手・葛城ユキさん(享年73)の訃報。末期の腹膜がんだった。代表曲『ボヘミアン』など“ロックの女王”として人気を博した彼女の最期は、何とも義理堅かった。コンサートのプロデューサーとして付き添った夢グループの石田重廣社長が語る。
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私と葛城ユキさんの付き合いは10年ほど。夢グループ「夢スターコンサート」春チームのメインメンバーでした。
私自身、プロデューサーとして同行し、総数500回のコンサートをご一緒しました。
私もお酒好きですが、彼女はさらに酒豪。当初は最後までお付き合いした打ち上げも、そのうち逃げるようになりました(笑)。でも葛城さんは深夜まで飲んだ次の日も、朝7時にはホテルで朝食をきっちり召し上がるプロ意識の高い人でした。
そんな葛城さんのがんが発覚したのは昨年のこと。夢コンサート出演者の病気が続いたので、人間ドック受診を呼びかけたのがきっかけです。
葛城さんは再検査の結果、原発性腹膜がんのステージ4と判明しました。
それでも入院前、八戸のコンサートに出てくれて、終了後は「当分、飲めないから」とビールをたくさん飲んでいました。僕は「待っているからね」と伝えました。その後、2度の手術を受けました。
「命がある以上、歌いたい」
今年4月に退院すると、すぐに「歌いたい」と言って5月のコンサートに出演し、車椅子のまま、『ローズ』を歌いました。
6月も千葉市で昼の部、柏市で夜の部に出演。昼の部のリハーサルでは車椅子の上で息も絶え絶えで、本番前に私は客席に向かって「今日は葛城ユキの最後の出演になると思います」とアナウンスした。ところが始まると、3~4割の声量かもしれないが、『ローズ』1曲を歌い切ったのです。
夜の部はさすがに無理だろうと思ったら、彼女は「行くだけ行きます」と言う。でも会場の楽屋に彼女の姿はなく、病院に行ったと思いました。