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【逆説の日本史】日本史でしか起こりえない「南北朝正閏論」という議論

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第九話「大日本帝国の確立IV」、「国際連盟への道2 その3」をお届けする(第1348回)。

 * * *
 現在の天皇家が北朝の子孫であることは、議論の余地の無い歴史的事実である。

 そうである以上、「北朝をもって天皇家の正統とする」のが、日本だけで無く人類共通の常識であるはずだ。もし南朝を正統とすれば、「北朝はニセモノ」ということになってしまう。それゆえ北朝こそ天皇家の正統だと考えた後小松天皇は、跡を継がせた息子の称光天皇が二十八歳で男子を残さずに先立った後も、断固として南朝の子孫に皇位を渡そうとはしなかった。

 後小松は、勅命で『本朝皇胤紹運録』という「北朝正統」の系図も作らせていた。南朝の子孫を徹底的に排除することが、後小松生涯の念願であったのである。そこで後小松は、前回「親王」と紹介してしまったが、伏見宮家の貞成親王の息子ではあったもののまだ親王宣下を受ける前の彦仁王を即位させた。後花園天皇である。このような場合、天皇の実父である貞成親王に「上皇」の尊号を与えることもできるが、後小松は「絶対にしてはならぬ」と遺言して亡くなった。あくまで北朝の系統が正しく「直系でつながっている」ことを強調するためだろう。

 話は前後したが、前回述べた「禁闕の変」も「長禄の変」も、後花園の治世に起こったことだ。つまり、北朝側の視点で見れば「ニセモノの子孫後南朝はめでたく滅亡し、神器もすべて戻った」というわけだ。北朝絶対の世になったので、天皇家は後小松の遺志を無視して貞成親王に「上皇(正確には出家していたので法皇)」の尊号を贈った。

 読者は、なぜ大正時代に入ったのにそんな昔のことを改めて述べなければならないのかと、いぶかしく思うかもしれない。しかし、じつはここは日本史の急所でもある。ヨーロッパであろうが中東であろうが、北朝は完全な勝利を収めたのだから、後花園以降「北朝と南朝のどちらが正統か」などという議論は起こるはずがないのである。しかし日本は、近代になってもそれが論争になった。日本史でしか起こらない現象である。

 だからこそ日本史の真髄をつかむためには、この問題を追究しなければならない。ところで、この議論には名前がある。南北朝正閏論という。ある百科事典では次のようにまとめている。

〈中世の南朝と北朝のいずれが正統であるかについての論争。1911年(明治44)政治問題となった。(中略)古来から議論のあるところであったが、一般的には北朝正統説が優位で、天皇の歴代もそれに従ってきた。近世において、名分論にたつ水戸藩の『大日本史』や頼山陽(らいさんよう)の『日本外史』などにより南朝正統説が強く主張されたが、近代になると、帝国大学の考証史学者らにより両朝併立説がとられるに至った。1903年より小学教科書は国定となったが、最初の国定教科書である『小学日本史』は併立説であり、その改訂版で09年刊の『尋常小学日本歴史』もそれを踏襲した。ところが翌10年末から教育者間で問題視され始め、11年1月『読売新聞』に両朝併立説を非難する投書が載ったことから表面化、2月衆議院議員藤沢元造が政府(第二次桂〈かつら〉太郎内閣)に質問書を提出して処決を迫り政治問題化した。藤沢らは、おりからの大逆事件(10年6月検挙開始、11年1月処刑)と関連させ、こうした事件が起こるのも文部省の歴史教育の方針が当を得ないからだと論難。進退問題に進展しかねない状況下で、桂首相は藤沢に会見して教科書の改訂を約し、これを受けて小松原英太郎文相は同教科書の使用禁止を命令、さらに執筆者の喜田貞吉(きたさだきち)文部省編修官を休職とし、教科書の改訂を強行するに至った。(以下略)〉
(『日本大百科全書〈ニッポニカ〉』小学館刊 項目執筆者阿部恒久)

 ちなみに、正閏論の「閏」に「年」という字をくっつけると「閏年」になる。つまり「正閏」とは「正統と異端」ということで、それに決着をつけようというのが正閏論である。この百科事典の記述は簡にして要を得ていてそれはそれで大変結構なのだが、歴史の問題としてもっとも重要なことは経過説明では無く、理由つまりなぜそうなったかである。

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