山梨・小淵沢の乗馬クラブ「ラングラーランチ」には、幾多の大河ドラマの主人公たちを乗せてきた「スピン」という名馬がいた。そのスピンが二〇二一年十一月に急死してしまう。映画史・時代劇研究家の春日太一氏が、現在放送中の大河ドラマ『鎌倉殿の13人』を始めとする多くの映像作品で馬術指導を担当するラングラーランチの田中光法氏に、名馬・スピンへの想いを聞いた。
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田中:スピンは、四歳で僕がアメリカから連れてきた馬なんです。死んだ歳が二十五歳。二十一年間、うちにいました。
これは僕が全部一から調教した馬なんです。役馬って普通は「撮影現場に行く」だけでも二年ぐらい調教にかかります。ですがスピンは三か月で全ての技術を覚えて、一年後には役馬をやっていました。
ものすごく賢い馬で、僕も頼りにしていた。歴代の大河の主役を乗せてきただけでなく、エキストラの難しいシーンを撮る時でも最後はスピンに頼む。何でもできるスーパーホースだったんです。
ただ、これはうちのスタッフにもいつも言っていることなのですが、馬は絶対にひいきをしちゃ駄目なんです。馬は集団性が非常に強く、もともと群れでいる動物で、その群れの中に必ずリーダーがいます。うちの乗馬クラブにも、その中で一番上にいるリーダー馬がいる。序列を自然につくる動物なので、同じ馬に対して僕が毎日餌をあげたりはしていないんです。「ここで一番力を持っている人間は誰か」というのを馬は簡単に判断できるので。
――どれだけ愛着があっても平等に扱う必要がある、と。
田中:はい。僕は心の中ではスピンに絶大なる信頼を寄せていたし、ものすごく可愛がっていましたが、それはあくまで僕の心の中だけに留めておかないといけません。実際に馬に触るときには、僕はどの馬もひいきはしないです。一頭の馬を触るんだったら、全頭の馬を触ってやるとか、そういうことを必ず心がけているんです。
でも、いざスピンを失ったときに、ちょっと今までにないくらい、ショックが大きかったです。