自らの命を絶とうと思うほどの悩みを抱えたとき、多くの日本人は、その責任は自分にあると考えがちだ。
「私が悪いからいじめやパワハラを受ける」
「事業の失敗は自分の力不足が招いた」
などと自らを責め、その結果、ますます追い詰められていく。誰にも相談できず、自分で何とかしようとした結果、追い詰められて自殺行為に至ったケースも多い。
しかし、「死にたい」と思った時点で、自分は“心の病気”にかかっているかもしれないという認識を持ってほしいと、日本自殺予防学会の理事長を務める精神科医の張賢徳さんは言う。
「自殺しようとする人の約9割は精神障害を発症しているというデータがあります。死にたくなるのは病気かもしれません。ですから、死にたいと思った時点で、誰かに相談してほしいんです」
自殺者全体の5割近くが特にうつ病を発症していたというデータもあり、コロナ禍の影響でうつ病患者が増えているいま、自殺者が増加傾向にあるのは事実であり、懸念される点だと張さんは続ける。
では、人はどういうきっかけで“心の病”を発症するのか。
「その人が置かれている環境や時代によって異なりますが、日本の場合、傾向として経済との関係が深いんです。
たとえば、1997年に起きた山一證券の経営破綻や、翌1998年の日本長期信用銀行の破綻の際、40〜60代の男性の自殺者が激増しました」(張さん・以下同)
2020年以降、働く女性の自殺が増えているが、その背景には、コロナ禍によって非正規雇用の女性が失業、あるいは減収していることがあると、厚生労働省も分析する。
「問題に直面した際、多くの日本人が最初は自分の力で何とかしようとがんばります。しかし、それには限界がある。その限界を超えた結果、精神のバランスを崩してしまうのです」
食べられない、眠れないは要注意
食欲が落ち、眠れなくなったら、すでに限界にきているサインだという。
「食べられない、眠れないというのが、精神のバランスを崩しているという要注意サインなのですが、本人は気づかないことが多いんです。
ご家族が異変を感じてクリニックに連れてきても、“私はどこも悪くない。問題は山積みなんだから、眠れなくて当たり前じゃないか”などと言い張る人がほとんどです。
そういうとき私は、“では、元のあなたを思い出して、いまのあなたと比較してみましょう。以前からあなたはこんな感じの人でしたか”と問いかけます。
そこでようやく本人も、“そういえば、以前は眠れた。少しおかしいかもしれない”と気づくわけです。この、自分はいま普通の状態ではないという気づきが大切なんです。それに気づければ、治療などで自殺を食い止めやすくなります」