大きな事件が発生すると、テレビのニュースではその映像が繰り返し報じられる。その映像を見るたびに、自身が経験した過去の衝撃的な出来事が脳裏によみがえる──そんな人もいるかもしれない。女性セブンの名物ライター“オバ記者”こと野原広子さんが、安倍元首相銃撃によって思い出された、とある出来事を振り返る。
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安倍晋三元首相(享年67)が凶弾に倒れたあの日の昼から、のべつ流された最後の姿と銃声。「看護師さんいますか、お医者さん、いたら助けてください!!」という絶叫がいまも怖くてたまらない。あの映像を見ると、私は30年以上前の出来事を思い出すの。
24才で結婚して28才で離婚。離婚後すぐに同棲した男に借金を背負わされて、どうにも生活が立ち行かなくなって別れたら、世はバブル期。私のようなフリーライターにも、こなしきれないほどの仕事が押し寄せてきて、借金はあっという間に返済。勢いに乗った私は仲間のライターと新宿・歌舞伎町に事務所を開いた。
なぜ、歌舞伎町か。編集プロダクションを開業するのにふさわしい場所とはおよそ思えない。男女のすったもんだにほとほと嫌気がさしていた30才の私は、単純に何かに虚勢を張りたかったんだと思う。
事務所の鍵を渡しながら、その雑居ビルの管理人は心配そうに言った。
「いいですか。ここにいる人の8割は暴力団関係者です。そのことはくれぐれも忘れないでくださいね」
若く青い私を気遣った言葉だったけど、破れかぶれの女は怖いもの知らず。いかにもコワモテな“その業界の人”と狭いエレベーターに乗り合わせても、「こんにちは~。雨、よく降りますねぇ」とか「今日は蒸しますね」などと、気の置けないご近所同士の声かけをしていたの。そんなコミュニケーションに慣れていない彼らは「おっ、おっ。よく、降り、ます、ね」とぎこちない言葉を返してくれたけど、いかつい外見に反してとてもデリケートな人たちに見えた。
ま、それ以上、互いに干渉し合うこともないし、歌舞伎町の仕事場はとにかく想像以上に居心地がよかったの。
繁華街の昼はやけに静かで仕事に集中できたし、夜になったらなったで、窓越しに聞こえてくる盛り場のざわめきが徹夜仕事の追い風になる。仕事に飽きて窓に近づけば、下の暗い路地で「だから金払えって言ってんだよッ」と凄む女と、「金、金ってそれしか言えねぇのかよッ」と言い返す男の切羽詰まったやり取りが聞こえたりしてね。バブルの華やかさの裏側で蠢く、私好みの泥臭いドラマが、狭い部屋にいながらにして見聞きできる。それが面白くてたまらなかった。だから、歌舞伎町が怖いと思ったことは一度もなかった。あの事件に遭遇するまでは──。