登山家・野口健さんの評伝『さよなら、野口健』(集英社インターナショナル)を上梓した小林元喜さんは、野口さんの元マネージャー。野口さんと出会ってから18年の間に、なんと事務所を3回も辞めている。穏やかでないタイトルから、暴露本かと身構えてしまうが、実はそうではない。互いの人生が繰り返し交わっては離れる様から、友情とは一言で片付けられない不思議な関係があぶりだされる。
デビュー作となった本書は、開高健ノンフィクション賞の最終候補作となったことから出版が決まった。現在43歳の小林さんは、10代の頃から“物書き”になる夢を持っていた。もちろん、野口さんのマネージャーとして働いていたころも、その夢を持ち続けていた。また野口さんも、その夢を応援していたのだという。小林さんが語る。
「10代や20代のころは『自分は作家になりたいんだ』と恥ずかしげもなく周囲に夢を語っていました。いやー、いま思えば赤面ものです。当時の自分に『恥ずかしいからそんなこと言って回るな。黙ってひとりでやれ』と説教したいくらいです(笑)。
今回、苦節25年でようやく夢が叶ったわけですが、それを知った昔の知人・友人から『お前、まだ諦めてなかったのか』『ついに夢が叶ったな』といった声をいただきました。ただ、本の内容が野口さんだけに限らず、私自身のことも初体験のことやうつ病で精神科に入院した話もすべて丸裸にさらけ出したものだったため、『おいおい、こんなこと書いちゃって大丈夫なのか?』『なんだか、凄まじい本だな』といった驚きや心配の声もいただきましたね。
物を書きたい、といった夢は野口さんにも出会った頃から話していました。そして彼自身もそのことをとても応援してくれていました。でも、いくら文学賞に応募してもうまくいかない。そのうちに筆が進まなくなっていきました。書かなきゃ、といった想いはあるんですが、書けない。
だから野口さんから『小林、ちゃんと書いてんのか。結果はどうだ?』と言われるのがすごく嫌だったんですね。彼はものすごい鋭い感性の持ち主で、すぐに見破ってきますから、嘘が通じない。聞かれるのが嫌で『そんな夢はとっくに諦めましたよ』なんて自暴自棄になって返したこともあります。でも、そんなことは彼には通じない。『ふ~ん、そうなんだ。それにしても随分と諦めるのが早いな~』となるわけです。
そして、ふとした瞬間にまた『書かないのか?』と瘡蓋をはがすようなことを言ってくる。基本的に彼は諦めることを許さない人なんですよね。
だから、マネージャーの仕事で成果を出してうまくいった時も『ところで小林、お前の夢はどうなったんだ?』となる。『書くんじゃなかったのか?』と。だから、ある意味すごく優しい人とも言えるし、言葉を換えれば究極のお節介とも言えるわけです」