福井県坂井市に位置する「東尋坊」は、巨大な柱状の岩が多数そびえ立つ景勝地だ。最も高い場所で約25mの垂直の崖があるため、ここは、青木ヶ原樹海(山梨県)や三段壁(和歌山県)などと並ぶ、“自殺の名所”としても知られる。
ここで自ら命を絶つ人の数は年間20~30人。刃物やロープまで用意して岩場を訪れる人も少なくないという。そういう人を見かけた際、
「ちょっと待て」
と声をかけるのが、NPO法人「心に響く文集・編集局」代表理事の茂幸雄さんだ。現在78才の茂さんが、この活動を始めたのは18年前の2004年。東尋坊の近くに、茶屋「心に響くおろしもち」を開き、ここを拠点に支援やパトロールを続け、これまでに766人(2022年7月14日現在)の命を救ってきた。
自殺をしようとしている人に茂さんが声をかけると、相手は決まって、
「死ぬ覚悟はできているんで、放っておいてください」
などと言う。これまであらゆる手を尽くしたが、解決できなかった。これ以上打つ手はないから、死なせてください。そう訴えてくるのだ。
「私はこういうとき必ず、“わしに任せなさい。わしが何とかするから死んではアカン!”と言うんです。時には襟首をつかんで、岩場から引き離すこともありました。その後に茶屋まで連れていき、詳しく話を聞くんです」(茂さん・以下同)
話を聞く。ここまでは、「いのちの電話」や「あなたのいばしょ」と同じ傾聴活動だ。それだけでも、心を落ち着かせて帰っていく人は多いのだが、茂さんがひと味違うのは、そこからもう一歩踏み込んで、生活支援や就職支援、その後の見守りまで行う。
人を自殺に追い込むのは犯罪だ!
茂さんは元警察官だ。定年前最後の勤務地が東尋坊で、退職直前の2003年、パトロール中に、東京出身の老カップルを保護した。このカップルは事業の失敗から債務問題に悩まされ、自殺を考えて東尋坊を訪れたのだった。
茂さんはふたりをパトカーに乗せると地元の役所の福祉課へと案内し、その後の対応を委ねた。しかし結局、このふたりは他県で自殺してしまう。
「このカップルは、隣町までの交通費を渡されただけで、何もしてもらえなかったことを、彼らが自殺した後に届いた手紙で知りました。
人の命を守るとしながら、政治家も役所の対応も、決して温かいとはいえない。これではいけない。命を全力で支える人が必要だと思い、定年を機にこの活動を始めました。“死んだらアカン!”と手を差し伸べたからには、その言葉に責任を持つべきだと思っています。そのためには北海道でも沖縄でも、どこへでも飛んでいって助ける覚悟です」