ティーン世代の男女がダンスする映像があふれる「TikTok」で、小説の紹介をする投稿者がいると話題になっている。それが「けんご@小説紹介」さん。『残像に口紅を』(中央公論新社)、『レゾンデートルの祈り』(KADOKAWA)などは彼が動画で取り上げた途端、増刷が決まったという“伝説”がある。「日本で一番本を売る動画クリエイター」と呼ばれる彼の意外な経歴とは。
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小中高、そして大学まで野球一色の人生でした。守備のポジションはセンター。調子のいいときだと、1番バッターを任されました。脇目もふらず、野球漬けの日々で、ひたすら白球を追っていましたね。とくに高校野球部時代は、あまりに練習が厳しくて、毎日しんどかったことをよく覚えています。当時、僕は自転車通学をしていて、「ああ、このまま転んでしまえば、怪我をして練習に行かなくてすむから、楽になれるんだろうな」と思ったことも……。それほど野球に没頭してきた学生生活でした。
大学はスポーツ推薦を利用して強豪校に入学しました。どれくらいの強豪だったかというと、大学野球部の同期がプロ野球チームからドラフト1位指名を受けるくらいです! でも、周りのレベルの高さに圧倒され、そこで自分の限界を感じました。
読書を始めたのは、大学1年生のとき。野球部の活動が忙しかったので、「コスパよく時間をつぶせる趣味を持ちたい」と思ったのがきっかけでした。でも、何から読んだらいいかわからなかった。朝から晩まで野球漬けの人しか周囲にいなかったので、みんな読書なんかしていなくて(笑い)。結局、「分厚くてコスパがよさそう」という理由で、東野圭吾さんの『白夜行』(集英社)を手に取りました。とにかくそれが面白かった。まずは売れているものを読もうと思って、伊坂幸太郎さんとか宮部みゆきさんから読み始めていきました。それから、本のオビで知っている作家さんが推薦している本に手を広げ、どんどん枝分かれしていきました。振り返ると、「誰かがいい本を教えてくれたらいいのに」という経験は、いまの活動に生きているかもしれません。
野球をやめてから、「好きなことをやるより、嫌なことを避ける人生のほうがいいな」と思うようになりました。もう何かに耐えるのはこりごりです(笑い)。だから、せっかく就職が決まった企業があったのですが、研修初日で内定を辞退したことも、僕にとっては“正しい”選択でした。
内定をいただいていたのは、大手通信会社の営業職です。夏の内定者研修で、スーツを着た内定者がずらりと座って、社長のありがたいお話を聞く場面があったんです。たしか、「気合いを入れろ」みたいな内容だったと思いますが、それがまったく頭に入ってこなくて。「自分はこの人のために一生働くのか?」と疑問を感じてしまったんです。自問自答した結果、答えは「無理だ」。その場で人事の方に「すみません、内定辞退します」と言って退出しました。