オリックスの山本由伸投手の出身校ということで再注目されている都城高校は、1980~1990年代の高校野球、特に夏の甲子園大会の常連校として知られた存在だったが、近年は低迷していると言われてきた。『甲子園と令和の怪物』(小学館新書)の著者であるノンフィクションライターの柳川悠二氏が、かつての強豪校、都城の現在地をレポートする。
【宮崎 都城】最後の甲子園出場/1999年 最高成績/ベスト16(1979年、1982年、1984年、1999年)
「出身は都城市です」
筆者が上京した四半世紀前から、そう自己紹介すると返す刀で「野球の強いところですね」と言われたものだ。
1980年代から1990年代にかけて、宮崎県の私立・都城高校は甲子園常連校であり、とりわけ田中幸雄(元日本ハム)を擁した1984年には、2年生にKKコンビがいたPL学園と春夏2度にわたって死闘を演じた。甲子園の出場は計9回で、最後の出場も1999年夏だが往時の記憶が鮮烈なために、強豪校の印象がいまも根強く残る。
そして近年、あるOBの活躍によって改めて注目を集めている。23歳にして日本のエースに成長したオリックスの山本由伸(岡山県出身)だ。山本の2学年上にあたる先輩で、20年2月から監督を務める田村勇人が語る。
「一時期、監督の交代なども相次いで、県外の選手に頼る状況だったんです。もちろん、現在も県外から来てくれる選手も多いですが、地元出身の選手とうまく調和が取れて力をつけている。自分が3年生の夏、1回戦で途中登板した由伸が打たれて負けました。それが彼の糧となったのかもしれませんね。とにかく人に言われなくてもよく練習する選手だった」
山本が今春、後輩に贈った激励の色紙にはシンプルにこう書いてあった。
《練習あるのみ!!》
田村は「都城」の太文字が描かれたユニフォームの色を往年のクリーム色に戻し、甲子園帰還を目指している。
※週刊ポスト2022年8月5・12日号