スポーツ

「技術の話はほとんどなし。9割以上が精神論」瀬古利彦が見た名伯楽・中村清の指導法

1985年のニュージーランド合宿(写真提供/瀬古氏)

1985年のニュージーランド合宿(写真提供/瀬古氏)

 世界で戦えるマラソン選手の育成──そのことに心血を注いだのが、早稲田大学競走部の監督などを歴任した中村清(1985年没、享年71)だ。エスビー食品陸上部監督時代には、有望選手が次々と“中村学校”の門を叩いた。その指導法には、「常軌を逸している」と言われるほどの凄みがあった。(文中敬称略)【全3回の第2回】

 * * *
 中村に師事した瀬古利彦(現・日本陸連副会長)は「絶対にNOと言わない」と自らに課したが、生半可なことではなかった。「外食禁止」「男女交際禁止」など、指導は生活の細かな部分に及んだ。

「中村監督がトイレの中まで入ってくることもありました。便の色を見て“これなら大丈夫”と呟いたりして……。下宿は監督の自宅敷地内にあるアパートの2階。突然、部屋に来て冷蔵庫を開け、中身を確認されることもあった。やはり、憲兵隊長だなと(苦笑)」

 朝、昼、晩と、食事後には最低1時間、「訓話」があった。瀬古の印象に残るのが「日本刀の刀鍛冶」の話だ。中村はこんな言い方をしていた。

〈なぜ、なんでも切れる刀ができるか知っているか。刀鍛冶が毎日、魂を入れて打つからだ。あれは刀鍛冶の魂の塊なんだ。お前たちも一歩一歩、魂を入れて走りなさい。そうしないと魂を込めて走る外国人には勝てない〉

 精神論ではないか、と尋ねると瀬古は笑いながらこう応じた。

「そう、9割以上が精神論です。技術の話はほとんどなかった。“足が速いだけなら犬や馬に負ける。人間的にも一番になりなさい”といった具合にね」

 そうした指導で、多くの才能が花開いた。

 中村は終戦直後に一度、早大競走部でコーチとなった。映画監督の篠田正浩は1949年に入学し、中村の指導を受けた一人だ。

 1950年の箱根駅伝で篠田は、1年生ながら「花の2区」を任される。区間5位で走り、早大は準優勝を果たした。篠田がレース後に起用理由を尋ねると、中村は「ベテランは自分のペースを守ろうとするが、新人は周囲につられて早く走ることもある。新人には未知の魅力があるんだ」と答えた。その考え方は、映画監督としての仕事にも影響を与えたと篠田は述懐する。

「新人起用にはリスクもあるが、中村先生は“失敗したら俺が責任を取る。成功すれば君たちの名誉だ”と言い切った。自分は裏方で、手柄は走った選手のものという姿勢に感銘を受けました。映画を撮るようになった私が積極的に新人を起用したのは、その影響です」

関連キーワード

関連記事

トピックス

“令和の小泉劇場”が始まった
小泉進次郎農相、父・純一郎氏の郵政民営化を彷彿とさせる手腕 農水族や農協という抵抗勢力と対立しながら国民にアピール、石破内閣のコメ無策を批判していた野党を蚊帳の外に
週刊ポスト
6月2日、新たに殺人と殺人未遂容疑がかけられた八田與一容疑者(28)
《別府ひき逃げ》重要指名手配犯・八田與一容疑者の親族が“沈黙の10秒間”の後に語ったこと…死亡した大学生の親は「私たちの戦いは終わりません」とコメント
NEWSポストセブン
伊勢ヶ濱部屋に転籍した元白鵬・宮城野親方
【元横綱・白鵬が退職後に目指す世界戦略】「ドラフト会議がない新弟子スカウト」で築いたパイプを活かす構想か 大の里、伯桜鵬、尊富士も出場経験ある「白鵬杯」の行方は
NEWSポストセブン
違法薬物を所持したとして不動産投資会社「レーサム」の創業者で元会長の田中剛容疑者が逮捕された
「1時間20万円で女性同士のプレイだったはずが…」釈放された小西木菜容疑者(21)が明かす「レーサム」創業者”薬漬け性パーティー”に参加した理由「多額の奨学金を借り将来の漠然とした不安あった」
NEWSポストセブン
「最後のインタビュー」に応じた西内まりや(時事通信)
【独占インタビュー】西内まりや(31)が語った“電撃引退の理由”と“事務所退所の真相”「この仕事をしてきてよかったと、最後に思えました」
NEWSポストセブン
ブラジルを公式訪問される佳子さま(2025年6月4日、撮影/JMPA)
《ブラジルへ公式訪問》佳子さま、ギリシャ訪問でもお召しになったコーラルピンクのスーツで出発 “お気に入り”はすっきり見せるフェミニンな一着
NEWSポストセブン
「日本人ポップスターとの子供がいる」との報道もあったイーロン・マスク氏(時事通信フォト)
イーロン・マスク氏に「日本人ポップスターとの子供がいる」報道も相手が公表しない理由 “口止め料”として「巨額の養育費が支払われている」との情報も
週刊ポスト
中居の女性トラブルで窮地に追いやられているフジテレビ(右・時事通信フォト)
《会社の暗部が暴露される…》フジテレビが恐れる処分された編成幹部B氏の“暴走” 「法廷での言葉」にも懸念
NEWSポストセブン
渡邊渚さんが性暴力問題について思いの丈を綴った(撮影/西條彰仁)
《渡邊渚さん独占手記》性暴力問題について思いの丈を綴る「被害者は永遠に救われることのない地獄を彷徨い続ける」
週刊ポスト
 6月3日に亡くなった「ミスタープロ野球」こと長嶋茂雄さん(時事通信フォト)
【追悼・長嶋茂雄さん】交際40日で婚約の“超スピード婚”も「ミスターらしい」 多くの国民が支持した「日本人が憧れる家族像」としての長嶋家 
女性セブン
母・佳代さんと小室圭さん
《眞子さん出産》“一卵性母子”と呼ばれた小室圭さんの母・佳代さんが「初孫を抱く日」 知人は「ふたりは一定の距離を保って接している」
NEWSポストセブン
違法薬物を所持したとして不動産投資会社「レーサム」の創業者で元会長の田中剛容疑者と職業不詳・奥本美穂容疑者(32)が逮捕された(左・Instagramより)
《レーサム創業者が“薬物付け性パーティー”で逮捕》沈黙を破った奥本美穂容疑者が〈今世終了港区BBA〉〈留置所最高〉自虐ネタでインフルエンサー化
NEWSポストセブン