大会が進む夏の甲子園の優勝候補筆頭はやはり春のセンバツも制した大阪桐蔭だろう。圧倒的な力で勝ち上がる同校の「扇の要」となるのが3年生の松尾汐恩だ。中学時代までは強豪ボーイズで投手兼ショートとして鳴らしたが、高校入学後にキャッチャーにコンバートされた。本人も驚いたという捕手転向について、新刊『甲子園と令和の怪物』が話題のノンフィクションライター・柳川悠二氏がレポートする。
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史上3度目となる春夏連覇へ向け、目下のところ、その道を阻まんとするライバルすら見当たらない王者・大阪桐蔭にあって、文字通り攻守の要を務めるのが松尾汐恩だ。19対0と爆勝した2回戦の聖望学園(埼玉)戦では、捕手として4人の投手陣をリードして相手打線に二塁すら踏ませず、3番打者としては5打数4安打5打点の大当たり。2本塁打を放ち、昨春から4度目の甲子園で通算本塁打を5本にまで伸ばして同校の先輩である平田良介(中日)、森友哉(埼玉西武)、藤原恭大(千葉ロッテ)に並んだ。3回戦以降に新記録樹立も間違いなし、と断言したくなるほどの存在感と輝きを放っている。
高校3年生の夏というのは、負けた瞬間に高校野球が終了するという恐怖心との戦いでもある。7月の大阪大会準決勝・上宮戦の勝利後、松尾は言い切った。
「怖さはないですね。負けたら終わりなんですけど、そう考えてしまったら、自分たちのプレーはできない。良い意味で、(この緊張感を)楽しむということを意識して、神経質になりすぎないようにしています」
中学硬式野球の京田辺ボーイズ時代は投手兼ショートの選手で、3年夏にはボーイズ日本代表にも選出された。大阪桐蔭に入寮した時、まさか自分が下級生の段階から大きな試合に出場できるとは考えてもみなかった。
「周りのレベルを見て、ほんまにやれんのかなと思いましたから。ぜんぜん、ここまでの高校野球生活は想定していませんでした。たまたま良い場面で打つことができて、使っていただいた」
そして、「野球が楽しいです」「ありがたいです」「ここに来て良かったです」と続けた。
転機は1年秋の捕手転向だろう。松尾は京田辺ボーイズの時代に、正捕手のケガによって一度だけ、マスクをかぶったことがあった。その試合を偶然、視察していた西谷浩一監督が、期待のショートとして大阪桐蔭に入学した松尾に捕手転向を勧めたのだ。
「最初、西谷先生から『ブルペンに入ってみろ』と言われた時は、『嘘やろ!?』って。で、いきなり関戸さん(康介、現・日本体育大学)のボールを受けさせられた(笑)」