がんにウイルスを感染させて、そのウイルスの増殖によってがん細胞を死滅させるのが、がんウイルス療法だ。昨年、神経膠芽腫に対するウイルス製剤が日本で初めて承認されるなど実用化が始まっている。現在は食道がんに対し、アデノウイルスにテロメラーゼという酵素に反応するプロモーター(スイッチ)を組み込んだ腫瘍溶解ウイルス製剤『テロメライシン』の第2相試験が実施中。
がんウイルス療法のきっかけは1970年代に発表された論文だった。バーキットリンパ腫の子供が麻疹を発症した際、高熱などの症状が治まった時にはリンパ腫も完全寛解したというもの。ウイルス感染で、がんが治った世界初の報告だ。これを受け、各国で研究が開始され、2015年にアメリカでメラノーマのウイルス療法の治療薬を承認。日本でも神経膠芽腫のウイルス製剤が承認された。
岡山大学大学院医歯薬学総合研究科消化器外科学の藤原俊義教授に聞く。
「細胞は分裂しながら増える際にDNA(遺伝子)を複製します。正常な細胞はDNAの末端にあるテロメアを完全に複製できず、それが短くなった時点で分裂が止まります。しかし、がん細胞は遺伝子が変異しているので、DNAの末端を作るたんぱく質が活発に働き、細胞が分裂を続けて際限なく増殖します。一方、ウイルスは自力では分裂増殖できません。他の細胞に侵入し、その増殖機能を借りてコピーを作り続けます。要は細胞内でウイルスが増殖を続けると細胞が破壊され死滅します。この仕組みを利用したのが、がんウイルス療法です」
藤原教授は1991年から、がん細胞を死滅させるp53遺伝子をウイルスに組み込む研究を開始した。風邪の原因であるアデノウイルスを体内で増えないよう遺伝子操作で無害化し、これにp53遺伝子を組み込み、がん細胞に注入。ただ注入したがん細胞では効果を発揮したが、それ以外のがん細胞には作用しない。
これを解決するには、がん細胞だけでウイルスが増殖することが必要で、注目したのがテロメアの機能を維持しているテロメラーゼという酵素。多くの悪性腫瘍では増殖を繰り返すために、このテロメラーゼが活性化している。