「OSO18」と見られるヒグマ(2019年8月。写真提供/標茶町役場)
先住民族・アイヌが「カムイ(神)」と崇めたヒグマが、北の大地で暴威を振るっている。この3年間で襲われた牧牛は60頭以上。人をあざ笑うかのように立ち回る黒いモンスターと、令和のマタギの最終決戦が始まった。【前後編の前編】
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北海道の東部、ラムサール条約の登録地に指定され、タンチョウが生息する釧路湿原。この4割を町域に収める人口8000人弱の標茶(しべちゃ)町に、巨大なヒグマが出没するようになったのは、3年前の夏からだ。
2019年7月16日、標茶町オソツベツの牧場で牛1頭が殺されているのが見つかった。状況からヒグマに襲われたものと判断されたが、集まった人々は現場に残された足跡を見て震撼した。
幅約18cm──その足跡は、獣類を見慣れている現地の住人も息を呑む、巨大なヒグマが現われたことを示していた。
事件現場の地名と足跡から、「OSO18」のコードネームが付されたこのヒグマは、その後も次々と牛を襲い続けた。
2019年からこれまで、OSO18によるものと見られる牧牛の被害は60件以上。今年も6頭の牛が襲われ、牧畜業者に多大な損害を与えている。
だが、これだけ派手に暴れているにもかかわらず、未だOSO18の目撃情報はわずかだ。監視カメラがその姿を捉えたのもわずか2回。映像から、身の丈3m、体重300kgを超えるオスと見られているが、警戒心が極めて強く、人前に姿を現わさないことから地元では「忍者グマ」とも呼ばれている。
標茶町役場農林課の担当者が明かす。
「OSO18と見られる個体は今年7月だけで5回出没が確認されています。この町にクマが出没するのは珍しいことではありません。ただ、OSO18は特別に賢く、放牧牛への被害が出ているため、町をあげて警戒中です」
ハンター歴60年を誇る、北海道猟友会標茶支部長の後藤勲氏がOSO18の異質さを指摘する。
「普通のクマは獲物に執着するものです。一番のご馳走である内臓を食べて姿を消しても、いずれ残った肉を食べに戻ってくる。クマを駆除するハンターはその瞬間を狙うのが定石ですが、OSO18は張り込んでいても戻ってきません。牛を襲っても内臓を少し食べる程度。まったく食べないこともあり、遊び半分で殺しているとしか思えない。こんなクマは見たことがありません」
箱罠を仕掛けても、周囲を悠然と歩くばかりで決して中に入らない。人の動きも熟知している。
「OSO18は夜間しか動きません。まるで(狩猟法による規制で)猟銃の使用が日の出から日没に限られていることを知っているかのようです」(後藤氏)