【著者インタビュー】長浦京氏/『プリンシパル』/新潮社/2310円
表題は、主要な、重要ななどの意味をもつ形容詞で、名詞形ではバレエの主役や物語等の主人公をも示す。
長浦京氏の新作『プリンシパル』で主役を張るのは、昭和20年夏、信州から帰る道中の駅舎で玉音放送に接した、〈水嶽綾女〉23歳。東京女子高等師範学校を卒業後、母校の付属校で教師となった彼女は、勤労奉仕等々で授業が成立しない間、恩師〈日野〉の学校の学童疎開に同行し、この日、東京に戻ってきた。7年前に進学を否定され、渋谷神山町の実家を夜逃げ同然に出て以来、絶縁状態だった父〈玄太〉が危篤に陥り、内妻の〈寿賀子〉に電報で呼び出されたのだ。
父は戦前から関東を牛耳る〈水嶽組〉4代目だった。暴力と非道を常とする父を憎悪し、日野が巣鴨で営む女子寮に16歳で身を寄せた綾女は当然、〈あの狂った家には戻りたくない〉。が、長兄と三兄が出征し、次兄〈桂次郎〉も心を病む中、綾女を新生水嶽商事の社長代行に据えるべく、計画は既に動き出していた―─。
舞台はそれこそ77年前の終戦の瞬間から、いわゆる55年体制が確立するまでの東京。その激動の10年を、今でいう反社の側に視点を置き、表裏一体に活写してみせた長浦氏は、「基本的に僕は、まさかと思うような史実や事実を元に話を作るタイプ」と自己分析する。
「今回で言えば、47年当時、日本にいた全アメリカ人の給料の1.7倍の金が本国に送金されていて、物資の横流し等々で別収入を得る米兵がいかに多く、いかに日本は搾取されていたかという事実。他にも朝鮮戦争の現場に元日本兵がいたと、当時ソ連が国連に抗議したのも結局は事実でしたし、最近わかりつつある新説が意外と一般には知られていない、だったら僕が書こうというのが始まりでした。
最初は正直、戦後の話は避けたかったんです。専門家も多いし、既にやり尽くされた感じもあるので。ところがいざ調べてみると、小説にもドラマにもなっていない話が戦後77年経って逆に増えているのを感じたし、戦後史はまだ全く書き尽くされてなどいなかった。僕は虚構の書き手だから尚更そう思うんだろうけど、ウソみたいな本当にあったことほど、面白いものはないですから」
むろん祖父の代から知る大物代議士〈旗山市太郎〉や葉巻がトレードマークの〈吉野繁実〉、東京に帰る列車で偶然隣り合わせた後の大歌手〈美波ひかり〉も、それっぽい架空の人物だが、「逆に実名にしないことで、事実のままを書けました」。
それにしても綾女が負う運命はあまりに過酷である。父への挨拶もそこそこに、近くに建つ〈青池家〉を訪れた彼女は、生後すぐに母を亡くした自分を育ててくれた乳母や、兄妹同然に育った〈修造〉、さらにその幼い妹弟たちと再会を喜び、昔は憎からず思った修造が結婚し、もうすぐ父になることも、心から祝福できた。
だがその直後、父が逝き、継母や戦地で左腕を失った古参幹部〈塚原〉から喪主を頼まれた綾女は、屋敷の物々しい警備にピンとくる。
〈そうか。隠し持っているんだ〉〈横領した食糧や軍需物資があるのね。大量に〉
「特に終戦直後、ヤクザが生活基盤を支えたのは厳然たる事実で、身近な必要悪だった面は否めません」