【書評】『瓢箪から人生』/夏井いつき・著/小学館/1485円
【評者】犬山紙子
夏井先生が蒔いた俳句の種は『プレバト!!』を通して私のもとに飛んできた。今は頭からニョキっと芽が出たぐらいだろうか。まだまだ安定しない芽ではあるが「俳句をもっと詠みたい!」という気持ちだけは立派に芽生えている。
「自分も俳句を始めてみようか」そう何万人の人に夏井先生は思わせたんだろう。そして、その偉業を成し遂げていく力のもとは何か。それがこの『瓢箪から人生』に記されている。先生が出会い、影響を受けた人々のエッセイが幕の内弁当よろしく凝縮されているのだ。
ご家族であったり、いつき組のメンバーだったり、学校の先生だったり番組のスタッフさんだったり、様々な人々が登場するが、中でも見ず知らずの人のエピソードが私は好きだ。句集にサインを求めにきた女性に、サインと句集の中の一句を認めて渡したところ、句をじっと見つめて涙をポロポロとこぼし泣き出したそうだ。
「俳句は、あくまでも自分のために書くのだ、と思う。が、自分のために書いた小石のような十七音詩が、誰かの心の波紋となり、真実の涙となる」と記す先生自身、お師匠さんである黒田杏子さんの句を体験して、俳句に真剣に向き合うようになったそうだ。
ひとつの句から波紋が生まれ、そしてそこから更なる波紋が生まれる。時に波紋は干渉しあい、新たな響きをもたらす。なんて美しい営みだろう。
とエモくなっていたら初回の『プレバト!!』の収録現場は二日酔いだったというんだから笑ってしまう。なーんだ、先生も同じ人間じゃん。でも、人間くさい人だからこそ、分け隔てがないんじゃないだろうか。学生、3歳の子ども、ラジオリスナー、句会ライブのお客さん、才能ナシの句……真剣に向き合い続けられる。そして才能ナシの句といえば私。
初めて出演した『プレバト!!』で詠んだのは、「才能ナシになっても傷つかないようにネタに走る」という逃げの句だった。もちろんその魂胆はすぐ見抜かれ、大目玉を喰らうのだったが、怒られるのが大の苦手な私がその時不思議と「俳句って面白いな」と思ったのだった。それは夏井先生が毒舌キャラではなく、本気だからなんだと思う。添削を受けて身を以て感じたところであるが、この本でその心情はより詳しく伝わってくる。
そして、先生がお父様を看取った後のエピソードは、私の心に優しい波紋を起こした。悲しいのに泣けない先生はこう記す。「こんなに悲しいのに、なぜ腹が減るのか。こんなに悲しいのに、なぜ髪も爪も平気で伸びるのか」。そうか、大切な人を亡くした後、自分だけが生きている状態に人は傷ついてしまうのか。