研究には時間がかかるのはもちろん、研究者が育つにも時間がかかる。たとえばCNSと呼ばれるCell(セル)、Nature(ネイチャー)、Science(サイエンス)といった科学ジャーナルに論文を載せようと思えば研究には時間も費用もかかるし研究者自身の成長も必要だ。短期間の有期契約では手近な論文で雇用を繋ぐしかなくなる。いまやCNSは圧倒的にアメリカと中国の研究者がしのぎを削る場となっている。
とくに中国はCNSに限らず自然科学系の全論文数、上位10%論文数、上位1%論文数すべてで1位である。2022年版の文科省「科学技術指標」によれば日本は全論文数5位、上位10%論文数12位、上位1%論文数10位である。2000年代前半まではアメリカに次ぐ2位だったはずなのに。CNSがなんだ、論文数ばかりではない、という向きもあろうが、ほんの20年前のネットで揶揄され続けた「お笑い中国」から考えれば、こうした学術面の成果で日本どころかアメリカすら抜くとは、今や昔である。
「それなのに理研の研究者はもちろん、国立大学の研究者まで若手を中心に追い出そうとしています。彼らの多くは国内に見つからなければ海外に出ていくことでしょう。もちろんこれまで以上に中国に手を貸す人も出てくるでしょう。中国は日本が勝手に優秀な日本人を捨ててくれると大喜びでしょうね」
これもまた、かつて中国人技術者が言っていたことと同じだ。「日本はまた何百人も研究者を辞めさせる。それを中国が手に入れるなんて申し訳なく思います」「中国は日本人研究者や技術者のおかげで大国です。本当にありがたい話です」と利敵行為にも通じる行為を不思議がっていた。
この中国人技術者の言うところはどちらかといえば民間技術で、日本の家電やITの不遇な研究者、技術者たちが中国に渡って結果を出し続けたことに対してだったが、同じく拙ルポ『70代元家電メーカー技術者の悔恨「メイド・イン・ジャパンを放棄してはいけなかった」』でお話いただいた元技術者の「メーカーを追い出されたり、独立して小さな工場を経営したりの技術者が中韓の仕事を請けてました」「そういうことをするから他国に技術が流れるんですよ。そんなことを国や企業が30年間繰り返した結果が、いまの日本です」「待遇が悪いのですから流出は止まりませんよ。ずっとそうなのですから」といった言葉も思い起こさせる。
とくにこの30年、「好きなことやっているんだから」と研究者や技術者をないがしろにしてきたのは官も民も同じだろう。いまだに「研究者自身にこそ問題がある」「評価される成果を出せなかった人」などと事の本質を理解できない残念な意見もある。
「本当に日本は何を考えているのでしょうか。私も自分の不甲斐なさも含めて、それほど恵まれた研究人生ではなかったと思っていますが、時代を考えれば全うできただけマシなのかもしれません。これからの日本の科学、日本の研究者はどうなってしまうのか」