1987年の騎手デビューから34年間にわたり国内外で活躍した名手・蛯名正義氏が、2022年3月に52歳の新人調教師として再スタートした。蛯名氏の週刊ポスト連載『エビショー厩舎』から、ジョッキーの気持ちと馬についてお届けする。
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ここのところジョッキーのメンタルについてお話ししています。「気持ち」というと精神論みたいな印象があるかもしれないけれど、そういうことだけでもないんです。
勝負事にはやはり「流れ」がある。1日に複数の騎乗依頼があるジョッキーは「流れ」を気にします。同じ日に同じコースで乗ることになれば、前のレースは外が伸びてやられたら、今度はそれを意識しようと思う。それは馬券を買う人も同じでしょう。
ところが、悪いことってホントに続くのです。バタバタするとさらにおかしくなる。ダメな時は丹念に考えてシミュレーションして、レースで思った通りに前が空いたと思っても、その瞬間にサーっと別の馬に入ってこられたりする。前半スムーズに走っていても、なんか「嫌な予感」がしてそれが当たったりする。前の馬が斜行して前をカットされたり、馬が突然走る気をなくしたり……。100勝以上した年でも、2週間まったく勝てないなんていうことはありました。
勝てない時は「ハマリが悪いな」と感じます。波が来るのを待つというか、引き寄せるというか、じっと我慢します。手ごたえがだんだんあやしくなってきて、あ、ここまでだなと感じたら焦って追ったりしないで、一つでも順位をあげるために内側に回ろうなどと考えます。負けてもタダじゃ転ばない、何か掴んで戻らないと。でも抜け出すのはなかなか難しいです。
逆にうまくいく時は何も考えていなくてもここぞという時にコースが空く。前半何度もミスして後方に置かれてしまっても、結果的に脚がためられて、最後の直線でスッと大外に出せて末脚が生きたりすることがある。
ジョッキーのバイオリズムを出している予想があるけれど、あながちハズレではない。勝負はツイてるやつに乗れっていうじゃないですか。午前中2つも勝つようなジョッキーがいたら、徹底的に乗るのも手です。そういうジョッキーはいわゆるゾーンに入っていて、1日に5勝も6勝もしたりすることがある。
走るのは馬だけどジョッキーの気持ちが通じたのではないかと思うこともあります。人気馬に乗って負けると特に悔しいけれど、僕は次のレースで取り返そうと考えました。そのためには前の負けを引きずらないこと。全部よかれと思って乗るけれど、失敗するときもあるんだからしょうがない。すべて思う通りに乗れても勝てない時の方がずっと多いのだから、ならば切り替えることですね。