「目の病気には、自覚症状がないままじわじわ進行して、気付いた時には失明寸前になるものがいくつもあります」。そう語るのは、眼科かじわらアイ・ケア・クリニック(東京・錦糸町)の梶原一人院長(62)だ。
梶原院長は世界中を飛び回りながらキャリアを積み重ね、現在は東京で自身のクリニックを拠点に診療にあたる眼科医である。
慶應大学医学部を卒業し眼科医として勤務後、「現場で直面した不治の目の病を治したい」と、1990年に名門・米ハーバード大学に研究員として留学。世界に冠たる科学誌『ネイチャー』『サイエンス』に論文が掲載されるなどの実績を1年目から挙げ、1994年、米スタンフォード大学に移籍した。
2001年に帰国後は、東京大学医科学研究所や理化学研究所を経て、2006年、念願だった自身の医院を開業。以来、米国で学んだ「患者の立場で優しく心のこもったケア」(Tender Lovely Care=TLC)に基づく医療を実践し、これまで約9万人の患者を診てきた“眼科の名医”として知られる。
そんな梶原院長に、見過ごしがちだが「ひょっとしたら重病のサインかもしれない」目の異変について聞いた。
「よく、目の前にモヤモヤしたゴミのようなものが見えると訴える方がいます。明るいところや白い壁などを見つめた時、蚊や髪の毛、糸クズのようなものが浮遊しているように見える現象です。瞬きをしても残るし、視野を動かしても一緒に移動するが、暗い場所では消える。こうした症状を飛蚊症と言います」(梶原医師。以下「」内のコメント同)
飛蚊症の正体は、目の中の透明なゼリー状の物質である「硝子体」にできた濁りや、硝子体を包む膜のシワの影によるものだという。
「目から入った光は、硝子体を通って“目のフィルム”と言われる網膜に届きます。硝子体に濁りやシワができると、その影が網膜に映り、蚊や糸クズのようなものが浮遊しているように見えるのです」
その原因の多くは加齢だが、実は【1】網膜剥離の前兆のことがある。
「『3週間前から目の前に浮いているクラゲ(モヤモヤ)の数が増えた』と訴えて受診したある50代の女性患者を検査すると、硝子体が縮んだ時に網膜が強く引っ張られ、広い範囲で網膜が剥離していました。緊急手術を行ない事なきを得ましたが、異変を感じてすぐに受診していれば、レーザー処置だけで済んだかもしれません。飛蚊症は網膜の穴や出血が原因で発症するケースがあり、放置すると失明の恐れがあります」
つい最近まで見えていた自宅のカレンダーの数字やテレビの字幕が突然読めなくなった、などの急激な視力低下も要注意だ。原因はいくつか考えられるが、網膜剥離が原因の可能性もあるという。
「網膜剥離では剥がれた部分の視野が見えなくなり、剥離が網膜の中心にある黄斑部まで広がると、急激に視力が低下します。また、急激な視力低下を生じる疾患でより危険度が高いのは、【2】網膜中心動脈閉塞症です。目の動脈が根本で詰まってしまう病気で、すぐに治療を開始しないと、視力を失う可能性が高い」
人混みで人とぶつかりやすくなったという症状も、視力の低下が原因のことがあるため、網膜剥離や網膜中心動脈閉塞症を疑う必要がある。
まぶたの腫れにも、重大な目の病気が隠れている場合がある。
「単なるむくみであることが多いものの、【3】眼窩蜂窩織炎の可能性もあります。これは眼窩(眼球の入っている頭蓋骨のくぼみ部分)の脂肪組織を中心に細菌感染して炎症が起こる病気で、抗生剤で強力に治療しなければなりません。重症化すると失明につながったり、感染が脳や脊髄に広がったりする可能性もあります。まぶたの腫れに加えて強い痛みが生じたら、直ちに眼科を受診してください」